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セーラは狭い檻の中で膝を抱えていた。
意識は朦朧とし、体は動かない。
だがそれは打たれた薬のせいだけではないのだろう。
「…コーシ」
時折思い出したように落とす言葉は、その名しかなかった。
コツコツと足音が近付いてくると、檻の鍵が開いた。
「やぁ、セーラ。待たせて悪いね。手術の準備が整ったよ」
「…」
「急がないと君の王子様がキングを引き連れて来てしまうからね。持ち運びしやすいようにコアだけ返してもらうよ」
ユスラはセーラを抱え上げ薄水色の髪をかき分けた。
「…ん?おかしいな。インプットの痣が完全に消えている…?」
「…」
「おい、解除が行われたのは昨日なんだろ?」
くまなく探してもやはり痣はない。
「ここまで完全に痣が消えるには一週間は必要なはず…。まさかとっくに解除はされていたのか?」
「え…」
ぼんやりとしていたセーラの意識にその一言が刺激を与えた。
解除は、もっと前からされていた…。
いったい、いつ…?
「くそっ…。ただでさえ思考弊害でコアがダメージを受けているのに、これじゃあ復元率が低いじゃないか」
予定外の事態にぶつぶつと怒りながらセーラを連れて地下へと降りていく。
「ふんっ…まぁいい。不具合があってもコア自体は高値で取引される。それに最悪ヒューマロイドは捨てる事になっても、サキさえ死ねば収穫は充分大きい」
「サキ、さんが…?」
掠れる声を出すと、ユスラは冷たい笑みを浮かべた。
「何だ、意識がはっきりしてきたのか」
「ユスラ…。どういうこと…?」
「あぁ、悪いね。僕はね、ユスラとかいう医者じゃないんだ。君を買い取って莫大な金で売るただのバイヤーさ」
「え…?」
「君を拾ったのが、あのサキに最も近しいコーシくんで本当に良かったよ。お陰でサキをここまで誘き出せるのだから」
階段が終わると廊下を更に奥へと進む。
左右には沢山の扉があるが、フラッガが向かったのはその中でも一番奥にある真っ白な部屋だった。
「スラム街のことは前から気になっていてね、個人的に色々調べてたんだよ。この街は実に魅力的だ。いつの間にここまでと唸るほど底力を蓄えつつあるが、人はまだスラムだからと侮っている。これ程闇市を展開するに相応しい街はないと思わないか?」
もはや独り言に近い妄言が吐き出される。
手術台を目の前にして、セーラはただならぬ危機を感じ身を捩った。
「は、離して…。や、やだ、コーシ…!!」
「大人しくしなよ。心配せずともコーシくんも一緒にここで葬ってあげるから。彼には一発やられてるからね。本当なら僕の手で直接死を与えたかったけど、まぁ精々サキ共々散ってもらうよ」
暴れるセーラを台に乗せ、片手ずつベルトで拘束していく。
「嫌…!!」
「ヒューマロイドのくせに何が嫌なんだい?さぁ、始めようか。残念だけど麻酔をしてる時間がないんだ。最後に痛い思いさせて悪いね」
フラッガは狂気じみた目で鋭いメスを手にした。
頭まで固定されたセーラは恐ろしさにぎゅっと目を閉じたが、その時天井の上から凄まじい爆音が轟いた。
「何…?」
フラッガは顔色を変えるとメスを置き、モニターに手を伸ばした。
「今のは祭りの合図か…?いや、だがいくら何でも早過ぎる。まさか、もうここへ辿り着いたというのか!?」
確認したくてもこのモニターじゃ分かり辛い。
「くそっ!!」
フラッガはセーラの拘束を解くと乱暴に抱え上げた。
「お前は後だ!!サキを殺してからコアを抜き取ってやる!!」
「は、離して…!!」
手術台の裏側に手を入れると、壁の一部が開き隠し通路が現れる。
フラッガはセーラを連れてその向こう側へと消えた。
————
荒野で起こった爆発の報告に、ララージュは目を剥いた。
「ど、どういうことだ!?あそこには爆発しそうな物なんて何もないはずだぞ!?」
「詳細はまだ分かりません!!調査団を派遣しますか?」
「ああ、ヤージン達にすぐに向かうよう連絡を入れろ!!」
「はいっ」
ララージュが状況確認の支持を出していると、古い仕事仲間の一人が走って来た。
「ララ!!えらく人が少ないと思ったら、若い衆が根こそぎいねぇ!!」
「ああん?」
「初めは清め日のせいかと思ったが、残ってた奴を問い詰めたら揃いも揃って南区の方へ向かったとかぬかしやがる」
「南区…?」
隣で聞いていた男がハッとした。
「ララージュ、さっきサキさんがバイクぶんどって荒野へ行ったって話を小耳に挟んだ。もしかして南区じゃなくてそいつらも荒野へ行ったんじゃねーのか?」
「何だと?」
サキから召集令は出ていない。
いや、仮に密かに出ていたとしてもその面子は有り得ない。
何故なら年若いごろつき程サキの事は噂しか知らず、圧倒的支配に隠れた反感すら持っている者も多いからだ。
ララージュは深く考え込み、ある事に思い至ると顔色を変えた。
「まさか…、サキの奴」
サキ達が何らかの問題を追っているのは間違いない。
だが派手に暴れるような事件が起きれば、スラムは一気に信頼を失う。
サキがララージュに何も打ち明けなかったのは、そうなった時に先頭に立ってサキを糾弾する役に残しておく為だ。
「責任を全てサキに押し付けて、俺にスラムを守らせようって魂胆か!!あの勝手など畜生
め!!」
怒りに吠えるとララージュは怒涛の勢いで指示を出し始めた。
「今すぐ荒野への道を全て封鎖しろ!!危険物処理の看板を出して誰も近づけさせるな!!それから調査団の数を三倍に増やせ!!救護と処理道具を用意させろ!!」
「はっ、はい!!」
同時にララージュも走り出す。
「おい、まさかララも行くつもりじゃないだろうな!?」
「馬鹿ぬかせ!!俺が行ったら誰がこっちで隠蔽出来んだよ!!」
「隠蔽…」
「っとと、語弊だ語弊!だが何としても騒ぎを抑え込む。スラムは明日からも変わらぬ日々を迎えるんだ!!」
ララージュは実直な男だが、いざという時は恐れ知らずな判断を豪快に下せる。
商業区は一気に慌ただしく動き出した。
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