可憐な少女

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メインロードまでの道すがら、コーシはこの不思議な少女にますます疑問を持つことになった。 普通の人間ではないと言う割に、その反応や仕草、表情は人でしかあり得ない豊かなものだ。 それなのに知識は異常に乏しく、常識だと思えることすら何も知らなかった。 「だから、地上はもう何百年も前から汚染物質が蔓延してるんだ。あんな海に入るなんてただの自殺行為だ」 「コーシの家は?あそこは汚染されてないの?」 「そりゃお前…、スラム街といえども地下シェルター内なんだ。地上よりは住めるぞ」 「地下シェルター…?」 そろそろ痛くなってきた頭を本気で抱えたくなる。 「お前…、今まで一体何処でどうやって生きてきたんだ!?いいか?地上で人が栄えていた禁忌の時代はとっくの昔に終わっていて、今はこのシェルターという名の地下大国が人間サマの住処なんだよっ」 「じゃあどうしてコーシは地上にいたの?」 「それは…あそこの高台に赤い門があるだろ。あれはシェルターと地上を繋ぐゲートだ。今は壊れていて封鎖されてるけど、実際行けば抜け穴がある」 「ゲート…」 「ああ。あそこの他にも幾つかあるが、その殆どの用途は地下の開発時に出たゴミや有害物を外に捨てる為のものだ。今はもう誰も寄り付かねぇけど、逆を言えば一人になりたい時に地上はうってつけの場所なんだよ」 何でこんな子どもでも知ってることをと半ばやけくそで説明したが、セーラは心配そうに見上げてきた。 「一人になりたくて、あそこにいたの?」 「…」 「何か辛いことがあったの?」 思わぬ切り返しに黙り込む。 そういえば、ずっと頭を離れなかったあの胸糞悪い事件のことをすっかり忘れていた。 「…別に、大した事じゃない。辛いって言うより腹が立ってただけだ」 あまり触れられたくなくてそっぽを向くと、指先に温かな手が触れた。 「…なんだよ」 「ふふ、コーシはやっぱり優しいね」 「だから、今の流れで一体どうやったらそうなるんだよっ」 「だって、そんな時でも私を助けてくれたんでしょう?」 「…」 薔薇色に頬を染めながら浮かべる微笑みは一点の汚れも知らぬかのようだ。 コーシは呆れて手を振り解いた。 「お前、そんなで今までよく無事に生き延びてきたな」 わりと率直な感想だったが、セーラはやっぱりにこにことしているだけだった。 しばらく足場の悪い瓦礫を踏み続けて行くと舗装された道に出る。 ここからずっと長く北東へ伸びているのが、スラムと一般市街を繋ぐ動脈であるメインロードだ。 「この道を辿れば商業区でも一般市街でも行くことが出来る。ほら、金。これで後は自分でなんとかしろ」 「分かった。でもお金は要らないよ」 セーラは背伸びをするとコーシの頬に軽く唇で触れた。 「コーシ、本当にありがとう。私、コーシが大好き」 胸にまた小さく罪悪感が疼く。 コーシは「そーかよ」とだけ答えると、受け取ろうとしない少女の足元にコインを置いた。 「じゃあな」 短く言うと背を向け、歩いて来た道を一人で戻る。 もやもやした気持ちは晴れなかったが、振り返ることはしなかった。 セーラは小さくなるコーシの背中を最後まで見送ると、メインロードに背を向けた。 「要らないものを捨てる為の門…」 一人つぶやくと真っ直ぐに閑散とした道なき道を進む。 少女の見つめる先には地上へ出る為のゲートだけが映っていた。
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