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コーシは滝のような汗を流しながら手を動かし続けていた。
左肩から流れる赤が、血溜まりを大きく広げていく。
思惑通り制圧は出来た。
だが思った以上に自爆誘導のプログラムが複雑で、解除に組み替えられない。
「くそっ!!ややこしい作りにしやがって!!」
何にしても時間がもうない。
残り六十秒を切ると、セーラは動かない体で懸命にコーシの隣へ行こうとした。
「う…」
視界はゆらゆらと揺らぎ、伸ばした手がコーシの背中に触れると倒れるようにもたれかかる。
「コー…シ…」
「セーラ…!!」
セーラを見た途端、追い詰められていたコーシはハッと我に返った。
同時に浮かんだのはサキの声だ。
ー…そうカリカリすんな。視野が狭まるぜ。
「…そうか。そうじゃねーか!!」
コーシはもう一度パネルに手を伸ばした。
わざわざ組み替える必要なんてない。
爆弾は全てコンピュータに従って起動する仕組みだ。
それなら…。
「機体を、全部黙らせてやる!!」
無理矢理破壊するのはリスキーだが、活動休止に追い込み眠らせる事は出来る。
しかもそっちの方が断然早く処理が済む。
コーシは瞬きをすることも忘れ、一心不乱に打ち込み続けた。
残り時間が五秒を切ると、モニターが真っ白に光りだす。
最後の一秒まで己の全てを叩き込むと、コーシは勢い良くセーラを抱え込み床に伏せた。
————
ポタポタと、赤い血が床を濡らしていく。
M-Aは顔中に脂汗を浮かべながらも、にやりと笑った。
「なぁ、サキ。お前の事は誰よりも俺がよう知っとる。お前くらい非情やないとこのスラムがまとまらんこともな。…でもな、ここは俺に免じてカヲルを見逃してやってくれんか」
M-Aはナイフを握ったまま固まっているサキを片目で見上げた。
「カヲルに手を掛けるな。ヤリを殺した時かって、お前は地獄の底を見たやろ?」
「M-A!!」
カヲルは血相を変え血まみれになってるM-Aにしがみついた。
「カヲル。お前をかばうのはこれっきりや。俺は両目を失う気はないで」
言いながらM-Aは、自ら左目に深く刺したナイフを引き抜いた。
床に今まで以上の血が流れ落ちる。
サキは無表情にM-Aを見下ろしていたが、差し出されたナイフを受け取ると二本とも鞘にしまった。
「M-A、俺は…」
「そんな顔すんなや。どうせここにも大きい傷あってんから、今までと大して変わらんわ」
血に濡れる左頬をトントンと触ると、M-Aは震える拳を握り軽くサキの腹に当てた。
カヲルは二人を直視できずにアメジストの瞳を伏せた。
サキの気質を知りながらも、この事態を招いたのは間違いなく自分なのだ。
重苦しい沈黙の後、サキは少しだけいつもの表情に戻るとM-Aの前髪をかき上げ傷に触れた。
「…バカだな。止めたかったなら俺を刺せばよかったのに」
「アホぬかせ。俺がお前を殺すんは、お前が俺を殺す時だけや」
そんな日は一生と来ないと知りながらとぼけて答える。
サキは己の闇と激情を無理矢理M-Aの流す血に溶かし、やっと辺りを見回した。
「タイムリミットはとっくに過ぎたのに爆発しなかったな。何かの誤作動か?」
カウントダウンを刻んでいたモニターは真っ黒に落ちている。
不審に思っていると廊下から物音がした。
サキは人の気配を察知し部屋を飛び出した。
「コー!!」
閉じられていた地下階段の扉をこじ開け出てきたのは、セーラを抱えたコーシだった。
サキが駆け寄ると、肩から大量の血を流したコーシがフラフラと倒れ込んだ。
「コー!!コーシ!!」
抱え起こすと、コーシは荒い息の中で声を絞った。
「サキ…」
「爆破を止めたのはお前か?」
コーシは頷くとサキの腕を握った。
「…サキ、…ラ、が」
「ん?」
「セーラが、動かな…」
サキはすぐにその意を汲み取った。
「分かった。グランと合流して商業区へ戻ろう。お前も早く手当を受けろ。…フラッガとのカタは、ついたのか?」
コーシはもう一度頷いた。
「終わったんだな」
「…でも、まだだ。俺は、セーラを…」
サキはセーラを背に負い、コーシに手を貸した。
「分かったって。俺が連れてくから」
コーシは朦朧とする意識の中でうわ言のように声を落とした。
「サキ頼む…。そいつとの最後の時間、まもって…」
コーシから初めてされた子どものような願いを、サキは黙って受け入れた。
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