幸せな少女

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サキ達が中央区へ引き上げてから二週間。 サキの家へ上がり込んでいたM-Aは、煙草を片手にぼんやりとぼやいた。 「コーシ、帰って来えへんな」 M-Aの左目の消毒を終えたサキは、眼帯を押し当てパチンとゴムを弾いた。 「コーだって子どもじゃないんだ。ほっといてやれよ」 「痛いわ!わざと弾くなや!」 M-Aは軽く蹴りを入れると立ち上がった。 「子どもやないっつっても、コーシはまだ発展途上で未成熟や。…心中なんてしてへんかったらええけどな」 サキが肩をすくめていると、玄関から物音が聞こえた。 「誰や?カヲルか?あいつもやっと外へ出る気に…」 M-Aが狭い廊下を覗くと、コーシが倒れ込んでいた。 「コーシ!?おいっしっかりせぇ!!サキ!!噂をしたら影や!!コーシが帰って来たで!!」 サキはソファに座ったまま煙草を咥えた。 「静かにしてやれよ。そのままほっとけって」 M-Aは両手で口を塞ぐと、言われた通り静かに家を出て行った。 二人が姿を消してからどこへ行っていたのかは、誰も知らない。 可憐な少女がいつどんな最後を迎えたのかを知るのはコーシだけだ。 ただ、コーシはそれでもここへ帰ってきた。 焦げの残る袖も、手についた土の跡も、腫れた瞼も、サキは気付かぬふりをしてブランケットをそっと掛けた。 「コー。セーラちゃんは、幸せだったと思うぞ」 コーシの指の隙間に、米粒ほどの銀色のナンバープレートが落ちている。 皮肉にも彼女を縛り付けていたコアの一部が、コーシに残された唯一のものだったのだろう。 それを握らせ直すと、閉じた瞼を隠す前髪をさらりと撫でた。 「お前がちゃんと人の愛し方を学んでよかった。お前は…俺みたいになるな」 囁くように言うと、サキはコーシに背を向けた。 コーシは半分夢の中にいたが、サキの言葉は無意識に聞き取っていた。 セーラは、本当に幸せだったのか。 自分でよかったのか。 自分はちゃんとセーラに応えられたのか。 つまらない疑問が、浮かんでは消えてゆく。 「コーシ」 呼ばれて顔を上げると、可憐な笑みをこぼしながらセーラが手を振っているのが見えた。 「コーシ、私幸せだったよ。世界で一番、幸せだったの。…ありがとう!」 あのガラスのような薄水色の瞳をきらきらさせながら、セーラは美しく微笑んでいる。 コーシの心の奥深く、彼女は確かに笑顔のまま存在する。 閉じた瞳から溢れ出た一筋の涙は、ブランケットに染み込むとそのまま跡形もなく消えていった。
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