可憐な少女

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翌日の日暮れ時。 コーシは一日中セーラの事がちらつき苛々としていた。 自分の判断は間違っていないと言い聞かせながらも、見捨てたような後ろ暗さが後を引いてやまない。 ここ最近ろくな事がないと行きつけの酒場でやさぐれていると、カウンター越しにマスターが声をかけてきた。 「なんだコーシ。えらく機嫌が悪いな」 荒くれ者の酒場だけあって、マスターも厳つい顔の筋肉隆々な大男だ。 「ま、仕方ねぇか。お前、カナンに嵌められてえらい目に遭ったらしいじゃねぇか」 「…別に。あんな奴どうでもいい」 「ふんっ、まぁ気をつけるこって。あれでもカナンは今裏で女達を牛耳ってるからな。あまりいい噂も聞かん」 コーシは無視を決め込むと酒を一息に呷り空にした。 「おいおい。そんなシロートみたいな飲み方してんじゃねーよ。保護者にどやされるぜ」 「もしかしてサキの事か?冗談じゃねぇぜ。あんな物騒な奴が保護者でたまるかっ」 「お前もでかく育ちやがったが、サキに比べりゃまだまだ青いな」 マスターは豪快に笑うと若者の頭をがしがし掻き回した。 「やめろっ。数年後には絶対立場逆転してやるからな!!」 一通り悪態をついたが、マスターは楽しそうに笑うばかりだ。 おまけにビタミン剤しか寄越してくれなくなった。 ますます不貞腐れていたが、コーシは周りに誰も客がいないのをちらりと確認すると声をひそめた。 「…なぁ、マスター」 「あん?」 「ヒューマロイドって、なに?」 マスターは素知らぬ顔をしたまま黙り込んだ。 しばらく無言でグラスを磨いていたが、横目でコーシを見ると低い声で言った。 「お前は若いからな。知らないのも無理はない。あれは…禁忌の時代の闇の産物だ」 「…」 「ま、俺も噂に聞いたくらいしか知らんがな。詳しく知りたいならM-Aにでも聞けばいい」 「M-Aに?」 「そうだ。お前の口から何故そんなワードが飛び出てきたのかは知らねえが、聞く相手を間違っちゃいけねぇぜ」 マスターは鍵をテーブルに滑らせると酒場の奥を顎でしゃくった。 「ここにいんのか?…女は?」 「今日の連れ込みは二人だったから大丈夫だ」 「いや、二人も連れ込んでるなら尚のこと邪魔したらどつきまわされるだろうが」 マスターはにやりと口角をつり上げるといたずらっぽく言った。 「一人はカヲルだよ」 コーシは弾かれたように立ち上がった。 鍵を掴み奥の廊下へと急いで向かう。 よくある構造だが酒場の奥や二階は簡単な宿泊施設になっている。 主にどうしようもなく酔い潰れた客を放り込むか、意気投合した男女が雪崩れ込む為だ。 コーシは鍵のナンバーと同じ扉の前に来ると、ひと呼吸置いてからノックした。 反応は、ない。 「M-A、俺だ。いるんだろ?」 静かに声をかけ、ドアを蹴破りたい衝動を押さえつけながらじっと待つ。 しばらくすると鍵が開く音が聞こえた。 「入るぜ」 声を掛けながら慎重にドアを開く。 目の前には山のような男が気配なく立ち視界を塞いでいた。 「よぉ、コーシ。お前もやっとお行儀よく待つことを覚えたんか」 「M-A!よく言うぜっ。前にお前がノックくらいしろって俺のこと吹っ飛ばしたくせに。カヲルは?いるんだろ?」 普段よく喋るはずの大男は難しい顔をしながら探るようにコーシを見下ろした。 「…M-A?何かあったのか?」 「いや、こっちも今からお前を呼びに行こうか相談してたとこや。入れ」 不穏な空気にコーシは首を傾げた。 男をすり抜けると、簡素なベッドと水場しかない部屋の奥に目的の人を見つけた。 「カヲル!!」 「コーシ…」 「そろそろ帰ってくると思ってたんだ。通知は来て…」 意気込んでいたコーシはカヲルの手に抱かれている少女を見た瞬間凍りついた。 「セーラ!?」 思わずその名を口にする。 慌てて自分の口を手で塞いだが後の祭りだ。 背後から身の毛もよだつ鋭い視線が注がれた。 「…やっぱりお前が関係あるんかい。おいコーシ、なんでこの美少女はサキのシャツ一枚着ただけで地上でへたばっとったんや」 「…は?地上?」 「まさか遊びで手籠にした挙句に、邪魔やからって地上に捨てたんか」 逞しい指をぼきぼき鳴らしながらM-Aが近付いてくる。 カヲルに至ってはM-Aより冷たい目だ。 あまりに予想外の事を言われ間抜けのようにポカンとしていたが、完全なる誤解に気付くと慌てて飛び退いた。 「ま、待てよ!!」 「待てるかい。ええか、俺は多少の火遊びくらいは大目に見たるけどなぁ、腐れ外道の真似事だけは断じて見過ごせんからな」 「だから色々誤解だっつってんだよ!!話を聞け!!」 カヲルは今にも飛びかかりそうなM-Aを止めると声まで冷たく言った。 「事情があるなら聞こう。ただし、ごちゃごちゃと言い訳をするだけなら今すぐM-Aに鉄拳制裁を見舞って貰う」 「うっ…」 セーラの事は出来るだけ伏せておきたかったがこうなっては仕方がない。 コーシは知らずに詰めていた息を吐き出すと、観念して両手を上げた。
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