22人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
セーラは目を覚ますと、自分を覗き込む人とまともに目があった。
「…あ、あれ?」
何度も瞬きをしながら体を起こす。
その見知らぬ人は冷たい顔でじっと睨んできた。
瞳はまるでアメジストのような紫色で、真っ白な髪は側面を刈り上げベリーショートに整えられている。
かっちりと着込んだ黒づくめの服に厳ついブーツを履き、中性的な風貌だが体の線の細さが女だと教えている。
「起きたんか」
低い声がして右側を振り返ると、これまた迫力の大男が厳しい目で見下ろしていた。
目を引くのは左頬の大きな傷で、真っ黒でざっくり伸びた髪に合間り独特の雰囲気を醸し出している。
セーラはすっかり怯えると掛け布団を手繰り寄せた。
「はっ、ヒューマロイドってのはそんな顔もできるもんなんか」
びくりと肩を揺らし震えると、背後からまた別の声が割り込んだ。
「M-A、あんた見た目だけでも威圧感あんのにでけぇ声出すなよ」
少女はその声に弾けたように反応すると身を乗り出した。
「コーシ!!」
ベッドを飛び出し真っしぐらにコーシ目掛けて跳びつく。
「おい…」
「コーシ!!コーシ…!!」
ぶるぶる震えてしがみつかれては無下に引き離せない。
コーシは大男を横目で睨んだ。
「あんたのせいだぜ、M-A。なんとかしろよ」
「俺にどうしろって?何にしても早よサキに連絡せなあかんな。ったく、ヒューマロイドとはまた厄介なもんと関わりおって…」
女も無表情のまま冷たく言い放った。
「あんたも懲りないね、コーシ。つい最近も女を連れ込んで痛い目に遭ったと聞いたぞ」
「あれは勝手に押し入られたんだ」
「関係を持ったのなら何を言っても言い訳にしか聞こえないな」
「ぐっ…」
コーシは苦虫を噛み潰した顔になった。
言い返したい事情はある。
だがそれを話す気にはなれない。
ぶすくれるコーシにM-Aがからかうように言った。
「何にしてもサキが激怒する様が目に浮かぶわ。潔癖のあいつがあの家に次々女連れ込まれたて知ったらただじゃ済まんやろ」
「こいつのも連れ込みって言うのか!?ふざけんなよ!」
指をさされたセーラは首をすくめた。
コーシをそっと見上げると、ついついと服を引っ張っる。
「あの、ごめんね。私…、戻るつもりはなかったんだけど…」
コーシは膨れツラで腕を組んだ。
「お前、なんでシェルターの外なんかに行ったんだよ。昨日地上は散々危険だって教えただろうが」
「ごめんなさい…」
少女は瞳一杯に涙を溜めながら項垂れた。
その打ちひしがれる姿はどう見ても人と同じものだ。
ずっと厳しい顔をしていた女は、それを見て少しだけ警戒を解いた。
「あんた、セーラって言ったっけ?あたしはカヲル。どんな珍妙なもんかと思ったけど、どうやらあんたはあたしらとそう変わらないみたいだな」
M-Aも肩をすくめ同意した。
「そうやな。そう思って問題なさそうや。俺はM-A。まぁ、コーシの親代わりみたいなもんや」
コーシは最高に嫌そうに顔をしかめた。
「だから、冗談じゃねーっての!!保護者ヅラなんかすんじゃねぇよ!!」
「なんやねんっ。おしめ替えたってんから間違ってへんやろが」
「やめろーっ!!」
セーラは二人のやりとりに呆気にとられていたが、次第にくすくすと笑い出した。
カヲルは言い争う男二人を無視して、そんなセーラに話しかけた。
「あんたの事は大体コーシに聞いたよ。とりあえずまともに着る物がなければ不自由だろう。バカ二人は放っておいて、必要な物を買いに行こう」
手を差し出すとセーラは躊躇いながらその手を取った。
「おい、カヲル!」
「とって食いやしないよ。後でそっちの住処に連れてくから部屋で待ってろ」
クールに言い放つとカヲルはセーラを連れて颯爽と部屋を出た。
「あの、カヲルさん…」
「カヲルでいいよ。さんなんて柄じゃないし」
酒場を抜けると小さな街頭しかない暗い通りに出る。
シェルター内では人工太陽を設置しているが、地上に合わせて夜は内部でもわざわざ光を落とし、人の体が狂わぬようにしているのだ。
「セーラは運が良かった。サキの服を着てなきゃM-Aもあんたに気付かなかっただろうよ」
セーラは自分の着ている大きなTシャツを見下ろし困惑した顔になった。
「でも私…、コーシの側には戻れないの。ダメなの」
「どうして?あの子にはあたしからも言っといてあげるよ」
先程の様子を見ても、セーラがコーシに懐いているのは間違いない。
それでもこの少女は頑なに首を横に振った。
「私…、私の役目はコーシに愛情を注ぐことだけ。でもコーシは必要ないって言うの。だから私はコーシの前から消えないと…」
「どうしてそんな素直に言うことを聞いてやる必要がある?」
「コーシを愛してるから」
一欠片の迷いもなく言い切るセーラに、カヲルは思わず目を見張った。
なるほど。
噂には聞いていたが、これは扱いを間違えると大変危険な"道具"だ。
カヲルはセーラの瞳を覗き込むと、噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「いいかセーラ。人というのは心にも無いことを言うことがある。今度コーシに出ていけと言われたら、その時はあたしに言いに来な」
セーラは不思議そうに瞬いていたが、素直に頷いた。
「うん…」
「いい子だ」
頭をよしよしと撫でられ頬が赤くなる。
カヲルはともすれば人間より人間らしいセーラにため息をこぼした。
「…いっぺんコーシはサキにぎっちり締め直して貰わないとな」
冷静に光るアメジストの瞳を物騒に細めると、二人は手近な店に入っていった。
最初のコメントを投稿しよう!