Lesson.1 -告白-

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Lesson.1 -告白-

 夏の終わり。  秋の始まり。 「ねえ」 「なあに?」  僕は、隣で気持ちよさそうに寝転がっている女の子に話しかけた。  その子は幸せそうに僕を見つめている。  僕はタバコに火をつけて、愛の言葉を囁くように語りかけた。 「別れよっか」 「——え?」 「だから別れようって」  ね? と同意を求めても、女の子は目を見開くばかり。まあ、それもそうか。付き合ってまだ1週間くらいだし。 「な、んで?」  僕は伸びをして、タバコをもみ消す。  ゆらりと漂う紫煙を目で追いながら、僕はぶるぶると肩を震わせる女の子にふわりと笑いかけて、至極当たり前のように答えた。 「好きな子ができたから」  だから。 「別れよ?」  そう。僕は君に恋をした。  風に靡くあの髪を触りたいと思った。キラキラと光るあの瞳を僕だけを映して欲しかった。  ただ、それだけのこと。  君は僕の青い鳥。 ✳︎ 出会いは偶然? それとも必然? どちらにしても。 こうやって会えたんだから、その出会いは大切にしないといけないと思うんだ。 ねえ、そう思わない? ----------  太陽も落ちかけた午後の一室。  窓から入る太陽の光は部屋をオレンジ色に染め、カチカチと静かに時を刻む秒針の音が室内に響く。  僕は今、賭けに出ている。本当はもう少し時間をかけてからの予定だったんだけれど——それとなく入ってきた情報から、この賭けに勝算がありそうだと踏んだから。  なにより、こんな状況で攻めない男はいないんじゃないかな? 僕と、僕の好きな人——月子と2人きりのこの状況ならなおのこと。 「どうする?」  僕は努めて優しく語りかけた。そして下を向き俯く月子の顔をのぞき込む。  月子の身体はカチコチに緊張していて、顔は真っ赤、スカートをぎゅっと両手で握りしめる姿がとても可愛くて——僕は色々と堪えるのに大変だった。「よく我慢してるよ、エライエライ」と自分を褒めたいくらいに。 「月子は、僕のことキライ?」  フルフルと首を横に振ると、月子の長い柔らかな髪が揺れる。きれいな薄茶色の髪は、光に当たるとキラキラとオレンジ色にも見える天然色だ。  それだけで目を奪われる。月子を形成するすべてが綺麗で愛おしい。  自分でも怖いくらいに、僕は月子に惚れている。それはもう崇拝というか敬愛というか、盲目的な恋をしてしまったんだと思う。  ——一目惚れが僕をこれほどまでに変えるなんて思わなかった。 「じゃあ、どうする?」  僕は再び尋ねた。  君は僕から逃げられない。逃がす予定もない。君はもう、僕に囚われた鳥なんだ。 「あ、の」 「うん」  月子の消え入りそうな小さな声。スカートを握る手は、さっきよりも力が入っている。 「月子は、僕が他の人と手を繋いでもいい?」 「いや」 「僕の隣に違う人がいてもいい?」 「……いや」  月子は首を横に振り、ヤダヤダを繰り返す。  昔は——と言っても数ヶ月前だけど——こんな仕草をする子はすぐ別れてたけれど、やっぱり月子は特別なんだと思う。そんな姿さえ可愛いと思うのだから。 「月子はどうしたいの?」 「……一緒に、いたいよ」 「じゃあ、どうしようか?」  僕は答えを導くように月子へ問いかける。 「月子?」 「あ、の」 「うん」  月子の答えはわかっている。だけど、やっぱり相手の口から答えを聞きたいじゃない?  僕は指を月子の髪に絡ませて、そっと口づける。ふわりとシャンプーの香りが鼻を掠める。 「僕は、月子のことが好きだよ」 「……わたしも」  月子はか細く、今にも消え入りそうな声で呟く。その一語一句を聴き漏らさないよう、僕はじっと月子の柔らかそうな唇を見つめた。  キスしたい——そんな衝動を抑えながら。 「わたしも、遥のこと、好き——だから、一緒にいて」  月子の澄んだ声は僕の中に響く。どうしてこんなに愛おしいんだろう。月子と会ってからまだ4ヶ月くらいしか経っていないのに——。  僕はスカートを握りしめる月子の手を包み込むように重ねた。 「泣かないで?」  顔をのぞき込むと、ポロポロと涙をこぼしていた。それは宝石のようにキラキラと輝いていて、月子にとても似合っていた。 「顔、あげて?」 「恥ずかしいよ……目真っ赤だし」 「大丈夫だから」  僕は繊細なガラス細工を触るかのように月子の涙を拭う。その目は赤く潤んでいて、髪色と同じ薄茶色の瞳は僕を映し出していた。  『女の子を泣かせるなんて』と思う自分がいる反面、『好きな子にはイジワルをしたくなる』自分もいる。  だけどその分、たくさん慰めてあげるから。だから、もう少しだけイジワルをしてもいいかな? 「ぎゅって、してもいい?」  月子はピクリと肩を揺らし、少し視線を泳がし戸惑いながらもコクリと頷いてくれた。その姿がやっぱり可愛くて、僕は自然と微笑んでいた。そしてゆっくりと月子の背中に腕を回して優しく抱きしめる。  月子の柔らかな肌の感触と、ほのかに香るシャンプーの匂いが僕の思考を麻痺させる。このまま押し倒したい衝動にも駆られてしまう。  だけど無理強いはしたくない。  月子は僕の腕の中で固まり続け、その緊張が伝わってくる。月子のペースで少しずつ、少しずつ、この関係を進めていきたい。 「今度は、キスかな。あ、その前に手を繋ぐこと?」  月子はパッと顔を上げて、ぽかっと軽く僕の胸を叩く。  僕はその手を取って、指先にキスをする。月子の顔はこれ以上ないほど赤くなり、それが指先にも伝わったかのように熱を持つ。  僕は声を出して笑って、少しだけいじわるく微笑む。そして月子の耳元で囁いた。 「好きだよ、本当に大好き」  君に出会えたから、僕はこんな自分がいたんだと気付けたんだ。  真っ白で純粋な月子を少しずつ僕色に染めていきたい。  やっと捕まえた僕の青い鳥。手放す気はないから、覚悟しててね。  季節は秋から冬へと移り始めていた。
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