『ありがとうの反対のことば』

1/14
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
 ありがとうの反対のことばって何だろうね。  中学校の詰め襟の制服を着て、胸には卒業生の証のコサージュを着けたゆたかが私に問いかける。  これは夢……もう何年も前の記憶の断片。  私もブレザーの制服の胸にはコサージュを着けてる。トートバックには卒業証書や後輩からもらった色紙なんかが詰め込まれてて、足元を吹き抜ける風が、ひんやりしてる、そんな日だった。  知ってるよ!当たり前、なんだよね。ありがとうってもともとは有り難いってことで……希だという意味だから、その反対は当たり前ってことばになるんだよね。  またネットで調べたの?  そうよ、それが悪いの?みんなそうしてるじゃない。  違うんだ、その答えは正しいけどあずさの答えとしては不正解。  どういうこと?  簡単に見つかった答えには、それだけの価値しかないんだ。  またよく分からないことを言うんだから!  私のかんしゃくには、ゆたかはもう慣れてる。だから気兼ねなく感情を爆発させてた。  でもこの日は違ってた。  いつもなら優しくなだめてくれるのに、ゆたかは黒目がちな瞳を私に向けて「さようなら」と言った。  ゆたかは手を振りつつ、自転車に乗って勢いよくこぎ始めた。  待って。  あのとき彼を引きとめていたら。    朝日に目覚めを促され覚醒する一歩手前。    時間は朝の6時30分。 「またあの夢……」  思いきりよく起きて、髪をセットして、メイクをして。  きょうはシークレットセールで買ったスプリングコートを着ていこうと決めていたんだ。  そしていつものパン屋で朝食兼ランチのクイニーアマンを1つ買う。 「あいつだったら、また菓子パンばっかり食べてって余計なこと言うんだろうな」  ジェラードピケの部屋着を羽織ってぐっと背伸びをするとベランダに出た。  すごくいい天気。何かいいことが起こりそうな予感がする。都会のマンションの8階だから遠くまで見わたせる。この家に引っ越してきたのは1か月前。学生時代からインターンとして働いてきたリサーチ会社の正社員になれたからだ。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!