22人が本棚に入れています
本棚に追加
それに対して私は何て返事をしたんだったかな……忘れてしまっていることに驚きだわ。ゆたかのことは、ことばも微笑みも……とてもよく覚えているのに。自分のことは覚えていない。ひとつだけ確かなのは私がゆたかを大好きだったってこと。
愛とかそんな大きなものじゃなくても、私はゆたかと一緒にいると安らぎ、和み、この人のことが大好きなんだなあって思っていた。
今でも夢に見るくらいに。
ぶぶーっと車のクラクションが鳴って私の夢想は拡散した。
「じゃあ、これで」
彼がすっと手を差し出した。私は思わずその手に握手しようとして、彼が小さく笑った。
「ごみ袋。そのまま持って帰るつもり?」
「あっ……そうだった。あの、これ、また捨ててもいいですか」
「もちろん……ごみを集めるのが僕のお仕事だからね」
「ありがとうございます。これからはパスワードのバックアップをPCに残しておくようにしなくっちゃ」
「それはやめたほうがいいな。暗号化ハッシュ関数のスクリプトが完全でもパスワードをパソコン上にメモしていたらハッキングされてしまうから……これからも手書きでメモしていたほうがいいよ」
「すごく詳しいんですね……」
「ごみ清掃の会社でもパソコンくらい使ってるよ」
ごみ袋を受け取ると彼はごみ収集車に乗り込んで去って行った。
スマホのアラームがそろそろ出勤の時間だと告げてくる。
体から生ごみの匂いがして、家にいちど戻ってシャワーを浴びたほうがいい、できたらシャンプーも。
最初のコメントを投稿しよう!