『ありがとうの反対のことば』

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 それに対して私は何て返事をしたんだったかな……忘れてしまっていることに驚きだわ。ゆたかのことは、ことばも微笑みも……とてもよく覚えているのに。自分のことは覚えていない。ひとつだけ確かなのは私がゆたかを大好きだったってこと。  愛とかそんな大きなものじゃなくても、私はゆたかと一緒にいると安らぎ、和み、この人のことが大好きなんだなあって思っていた。  今でも夢に見るくらいに。  ぶぶーっと車のクラクションが鳴って私の夢想は拡散した。 「じゃあ、これで」  彼がすっと手を差し出した。私は思わずその手に握手しようとして、彼が小さく笑った。 「ごみ袋。そのまま持って帰るつもり?」 「あっ……そうだった。あの、これ、また捨ててもいいですか」 「もちろん……ごみを集めるのが僕のお仕事だからね」 「ありがとうございます。これからはパスワードのバックアップをPCに残しておくようにしなくっちゃ」 「それはやめたほうがいいな。暗号化ハッシュ関数のスクリプトが完全でもパスワードをパソコン上にメモしていたらハッキングされてしまうから……これからも手書きでメモしていたほうがいいよ」 「すごく詳しいんですね……」 「ごみ清掃の会社でもパソコンくらい使ってるよ」  ごみ袋を受け取ると彼はごみ収集車に乗り込んで去って行った。  スマホのアラームがそろそろ出勤の時間だと告げてくる。  体から生ごみの匂いがして、家にいちど戻ってシャワーを浴びたほうがいい、できたらシャンプーも。
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