『ありがとうの反対のことば』

　大慌てでマンションまで戻ってシャワーを浴び、着替えて家を飛び出した。最寄り駅に駆け込んだとき、うまい具合に快速電車が到着して私はほっと息をついた。
　ホームゲートが開く一瞬の間。
　汚いの反対のことばは分かる？
　数学的帰納法。ゆたかはいつも言っていた……答えがまずあると仮定するんだ。そしてその答えの反対を考えるんだ。
　答えの反対があるのなら、その答えには解がある。あとはその道筋をたどる旅に出るんだ。
　話し方も、姿も、思考の道筋も何もかも、ゆたかその人であると解を告げている。
　あの人は本当に他人のそら似？
「ゆたか……ゆたか！」
　振り返ると後ろから大勢の通勤客の波が押し寄せてきて止まることも横にそれることもできない。
　その波に一歩一歩と押されて電車という箱の中に収まり、移動する。