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どこにもない。どうして……そう考えたとき、ががが……とごみ収集車が出発する音がした。
そうだ、ごみ袋に間違って入れてしまった。
私はスーツにパンプス、パソコンケースを抱えて家を飛び出した。
朝の街を全力疾走する私を人々がちらり……と見ては無関心そうに自分の世界に戻っていく。風が冷たく体をすり抜けていく。きょうは大事な会議だから気合いを入れるために買ったばかりのスプリングコートを着てくるつもりだった。もし着ていたらきょうの春の日ざしはぴかぴかと明るいんだけれどもまだ風は冷たい……そんな日にぴったりだったのにと、準備万端に整えているのに肝心なところでしくじって、大きなチャンスを逃し続けている自分の不運にため息をついた。
ががが……とごみ収集車の音がした。
角を曲がるとそこに、からすが荒らしたごみをせっせと集めている、あの彼がいた。
鼻がまがりそうなくらい悪臭がする。この辺りは飲食店が立ち並んでいて昨晩からごみ袋を外に出しているせいでからすが荒らしてしまったんだろう。誰かが掃除しなくてはならないのは分かるけど、そんなことはお店の責任なのではないだろうか。
汚物が散らかる路地で彼は静かな面持ちで掃除をしていた。
からすは隙あらばうまい食べ物をついばもうとガードレールに止まっているし、ネズミもいるみたい。時折かさかさとごみ袋から小さな気配がする。
彼は都会の隅を優しい瞳で見つめる。
ごみをあさる生き物たちに、ごめんね、これはお前たちの食べ物じゃないんだよと話しかけている。
その姿が清々しくて私は見とれた。
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