月明かりの下にいる美人に会いたくて

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月明かりの下にいる美人に会いたくて

 一つの老夫婦があった。彼らは昭和平成令和を共に駆け抜けた鴛鴦夫婦(おしどりふうふ)、儲けた子も独立し、独立した子らも子を儲け、多くの孫に囲まれ幸せの絶頂にあった。  しかし、老夫婦の妻は亡くなってしまった。理由は入浴中のヒートショックからくる心筋梗塞であった。男が妻の風呂の上がりが遅いことに気が付き、様子を見に行けば、湯船の中でぐったりとする妻の姿を見つけ、懸命の応急処置を行ったのだが、救急車が到着する頃にはもう妻は天に召されていた……  その後、老夫婦の妻の盛大な葬儀が行われた。男は勿論、子も孫達も棺を囲み啜り泣いた。絶えることのない啜り泣く葬列は葬儀会場を囲む程だったと言う。老夫婦の妻が多くの人間に愛されていた証左であった。  葬儀が終わり、老夫婦の妻は荼毘に付された。妻の骨を男はせっかちな子供が飴を噛み砕くように噛み砕いた。味はしない、だが、彼にとっては昭和平成令和を共に駆け抜けた愛の味に思えてならないのであった。  男は未だに妻と共に過ごした家で過ごしている。子供たちより「お父さん、世話するから一緒に暮らそうよ」と、嬉しい言葉があったのだが「いや、俺はあいつと一緒に暮らしたこの家で最後まで暮らす」と断った。本心は「子供らに負担をかけたくない」の一心である。 男にとっては妻と出会う前の一人暮らし以降、久方ぶりの一人暮らしである。  男は長い間妻と常に一緒であったせいか、ついつい妻の名前を呼んでしまう。和室に置いた妻の仏壇のお鈴を鳴らし「さて、ご飯にするか」と呟いた後「おい、飯作ってくれ」と妻に呼びかけ、照れくさそうに白髪を意味無しに掻いた回数は数え切れない。 一人暮らしは寂しい。夫の生きる気力は日に日に削がれて行き、仏壇の前で「母さん、早く連れて行ってくれんか?」と、連日呟くようになっていた。 それに伴い、体調も崩れ出したのか労咳のような咳の回数も増え、食欲も失せて、居間でボケーっとしているだけで一日が終わるようになっていた。
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