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心の声
あいつと記念に買ったビードロはあの告白された日に割ってしまった。
あいつへの気持ちをおしまいにしたかったから。
だけど長崎を立つ日、空港で目に留まったビードロは桜の花びらが描かれていて、あの日の告白のようでつい買ってしまった。
買ってはみたが飾って眺めるなんてできなくて、荷物の奥底にしまっておいた。
割ってしまわないように何重にも柔らかな布で包んでいた。
それを丁寧に一枚ずつ外しそっと取り出す。
ベランダで風を感じながら優しく息を吹き込むと『ぽっぺん』自分が思っていたより大きな音が出て落としそうになり慌ててキャッチし胸に抱きしめる。
あぁ、この音だ。
あいつの事を考えていつもしていた音。
『ぽっぺん』
この10年ずっと鳴り続けていた。心の音。
「ビードロって強く吹くと割るるけんか優しゅう吹かんといけんとよ」
あいつの言葉だ。
あいつはいつも俺の心に優しく息を吹き込んでくれていた。
突然の告白に割ってしまったと思っていた心は割れていなくて、今もまだあいつを『好き』だと告げていた。
自分がどんなにあいつの事を想っていたのか今更ながら気づかされた。
あいつは両親とは違う。他の誰とも違うんだ。
俺はそんなあいつの事が――――。
*****
あいつと離れていた10年間。俺は生きていたようで死んでいた。
あいつの事を信じる事ができなくて両親のようになる事が怖かった。
だけどあの時あいつが告白を冗談だと誤魔化したのは、その先もずっと俺の傍にいたかったからではなかったのか。
あの日、酔っ払いから助けてくれて俺の前に立ったあいつの笑顔を見てそう思えた。
どういう形でもいいから傍にいたかった。
その想いは俺と同じだったのに。
なのに俺が逃げてしまった。
それでも俺の事を追いかけて東京にまでやって来て、似合わないホストなんてやっている。
―――――もう充分じゃないか。
今度は俺の番だ。
俺が勇気を出す番。
俺が気持ちを伝える番。
もう自分の気持ちを誤魔化す事はできない。
二人の道がこの先もずっと繋がっていくように、まずは俺の気持ちをあいつに伝えるところから始めよう。
俺はお前の事が――――好いとうよ。
-終-
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