34人が本棚に入れています
本棚に追加
10年ぶりのあいつは
あいつを見つけた繁華街に用もなく出かけるようになった。
見つかりたくないのに見つけて欲しい。
あの日と同じだ。
嫌いだと言いつつ諦めて欲しくなんかなかった。
俺はなんでこんなにひねくれてしまったのか。
今日も遠目に客らしい女たちとワイワイ騒いでいるあいつを見つける。
笑顔の中に少しの疲れを見つけ、やっぱり無理をしているんだな、と思う。
もう何日目になるのか、分からない程あいつを見ているのにあいつは俺に一切気づかない。
あいつを見てもあの音は鳴らない―――。
代わりに胸が痛むだけだった。
今日も何もないまま、帰ろうと身体の向きを変えると酔っ払いにぶつかりぺたりとその場に膝をついた。
「痛っ…」
「何だよにいちゃん、急に動くなよ。あっぶねーなぁー。ん?かわいい顔してるじゃないか?お詫びにいいとこ行こっか?」
にやにやと俺の顔を見ていやらしい笑みを浮かべる酔っ払い。
俺は相手にしたくなくて急いで立ち上がると無言で立ち去ろうとした。
が、腕を掴まれて逃げる事ができない。
乱暴に抱きしめられ男の吐く酒臭い息が近寄ってくる。
男同士がどうとかいう以前にひどく気持ちが悪い。
必死に抵抗するが存外男の力は強く俺はキスされそうになり歯を食いしばった。
こんなのは犬に噛まれたのと同じ。
なんとも思っていない相手にちょっと口が触れるくらいなんて事はないんだ。
だから泣く必要なんかないし、傷つく必要もないんだ。
ぎゅっと瞑った目から涙がぽろりと零れた。
その後いくら待っても覚悟した接触はなかった。
恐る恐る目を開けてみると男は少しだけ離れた場所に蹲っていて、代わりにあいつが目の前に立っていた。
「――――え」
「何やってんの。まったく保典はいくつになっても危なっかしいなぁ」
俺の事を『ホテン』と呼び、昔と少しも変わらない笑顔で俺を見るあいつ。
『ぽっぺん』
またあの音が鳴り、それ以外の音が聞こえなくなる。
しばらくして世界に音が戻ってきた時、あいつは指で頬を掻きながら懐かしそうに俺の事を見ていた。
不測の事態に免疫がなくすぐに自分の世界に入ってしまう俺の事をよく分かっていて、待っててくれているのだ。
俺の意識がこちらに戻って来たのに気づくとにっこりと笑った。
「――で、さ、連絡先…よかったら交換しねー?折角10年ぶりに会えたのに、これっきりは嫌だからさ」
訛のないあいつの言葉に違和感を覚えすぐには反応ができなかった。
動けないでいるとそんな事はお構いなしにごそごそとポケットからスマホを出し、俺にも早く出せとせがむ。少し強引なところもあいつらしく変わっていない。高校時代に戻ったようで嬉しかった。
俺がスマホをポケットから出すと、あいつはすぐさま奪い取り慣れた手つきで勝手に連絡先を交換した。
長崎を出て新しくしたスマホ。登録された連絡先なんて祖父母くらいで、親しい人なんて一人もいない。血縁はノーカウントとすると実質今登録したあいつ一人だけ。
途端にそのスマホは特別な意味を持つ。
手元に戻されたスマホをそっと胸に抱きしめた。
あいつが戻って来た気がした。
俺から手を離したのに、再び繋いでくれた。
二度と戻らなかった両親とは違う。戻って来たんだ。
その日はあいつはまだ仕事があるというから連絡先を交換しただけで別れた。
最初のコメントを投稿しよう!