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あいつは
もうすぐ高校を卒業する、そんな頃だった。
あの日あいつが二人きりで話がしたいと言うから、教室に残り誰もいなくなるのを待っていた。
開けっぱなしの窓から入ってくる温かな風、はためくカーテン。
窓辺に立つあいつの頭に風にあおられた桜の花びらがふわりと舞い込んで、着地した。
花と男子高校生、似合わない組み合わせであるのにあいつにはなぜか似合っていて、思わずくすりと笑ってしまった。
そして告げられるあいつの想い。
「オイ、津積んこと――――好いとう…」
いつものあいつには似合わない自信なさげな弱い言葉。
あいつの頬は夕日に照らされて真っ赤に染め上げられていて、瞳は不安気に揺れていた。
「―――――俺は…好き、じゃ―――ない」
くしゃりと歪むあいつの顔。胸がズキリと痛んだ。
―――――だけど、
「嘘ばい。なんばマジに受けとっとっと?冗談たいね。男が男ば好いとーとかそがんおかしか事あるはずなかよ」
そう言って笑ったあいつの瞳は赤くて、無性に腹が立ったんだ。
嘘にするくらいならなぜ言わないでいてくれなかったのか。
そうすれば残り僅かの高校生活も仲のいい友人として過ごせたし、高校を卒業した後だって連絡を取り合えたかもしれない。
だけど、今更誤魔化されてもあいつの気持ちを知ってしまったから、俺はもうあいつとは一緒にはいられない。
そのまま俺たちは何となく気まずいまま高校を卒業した。
俺には自信がなかったんだ。
俺たちの道が未来でもちゃんと繋がっているかどうか―――。
だから、不安を抱えて生きるよりここで別の道を行く事を選んでしまった。
*****
親の都合で引っ越して高校時代を過ごした長崎から俺は、卒業と同時に逃げるように単身東京へと舞い戻った。何となく大学生活を送りそこそこの会社に無事就職する事ができた。
特に親しい友人ができるわけでもなく、大きな変化もない味気ない毎日だった。
あれから10年、携番やメアドも変え地元に残ったあいつとは一切連絡をとっていなかった。
もうあの日の事は忘れて自分の中で終わった事だと思っていた。
いや、思おうとしていた。
なのに―――10年経った今頃になって再び俺の前に現れたあいつは、俺の中のあいつとは違うチャラい見るからに遊び人という風体だった。
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