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鋭すぎる。心の中で嘆いた。陽気で細かいことなんて気にしなそうな樹くんなのに。
彼はゆっくりコーヒーを啜って間をおく。
「あ、何か食べる? 甘いものとか……」
「巧があんなに長い間忘れられないって馬鹿みたいに言ってた女の人、どうなったのかなあ。杏奈ちゃん知ってるよね?」
どきりと心臓が鳴る。それは私は全く持っていない情報だったからだ。巧が忘れられない女性とは間違いなくシングルマザーのことだろう。でも残念ながら、私は彼女について何も知らない。こんなことなら巧からそれなりに聞いておくべきだったと嘆いた。
樹くんは私を試すように視線を送った。今にも額に汗をかいてしまうそうなのを堪える。彼を家に入れるべきじゃなかった。
それでも。私は密かに拳を握る。仲睦まじい夫婦を演じるのが契約の内容なのだ。私はこれを乗り越える義務がある。
「知らないの」
「え? 奥さんがなんで」
「そういう人がいたってことは勿論知ってる。でも細かいことは聞きたくなくて。私、好きな人の過去の恋愛とか聞きたくないタイプの女なの」
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