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言いかけた私の言葉が止まる。同時に、歩き疲れた両足も停止した。私が突然立ち止まったもんだから、後ろにいた樹くんが軽くぶつかる。
「わっと、ごめん、ぶつかっちゃった」
「…………」
そんな言葉も耳に入らないほど、私は目の前の景色に夢中になっていた。
日本でも有名な高級ホテルが聳え立つ。名前なら誰しもが知る場所で、海外から来た有名アーティストや政治家も利用すると噂されるホテルだった。樹くんを避けるために歩き続け、こんなところまで来てしまった。
その玄関に見覚えのある姿が目に入った。
巧だった。
「どうしたの杏奈ちゃ」
私が凝視する先を彼も見つめ、言葉を失くす。ホテルに入っていく彼の隣には、一人女性がいたからだ。
ロングヘアを綺麗に巻いた妖艶な女性だった。高級そうなワンピースに身を包み、巧の隣で笑っている。そんな彼女をエスコートするように巧は足を歩んでいる。
巧はとても楽しそうに笑っていた。家じゃ口も悪くて膨れっ面をすることだってよくあるくせに、今は穏やかな笑みを浮かべている。
二人は楽しそうにホテルの中へと入っていく。
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