3060人が本棚に入れています
本棚に追加
そう思った瞬間浮かんでくるのは泣いてる私に胸を貸して励ましてくれる巧の姿だった。ばあちゃんと笑いながら話してる巧、私に料理を作る巧、人を小馬鹿にするようにしながら優しく笑うあの男の顔だった。
瞬間、心臓が一気に大きく打つ。それはオーウェンを見ている時よりもひどい鳴りようだった。
嘘だ嘘だよ。そんなことありえない。
だって巧が他に好きな人がいるって知ってるじゃない。私には微塵も興味ないって知ってるじゃない。いずれは離婚する関係だって知ってるじゃない。なのに好きになっただなんて、自分が馬鹿すぎて泣けてくる。
これほど無謀な恋もない。
「杏奈ちゃん?」
「あ、と……ごめんね、頭がぐるぐるしてて」
「そりゃそうだよね……あ、タクシーが来た、止めるね」
ようやく近くに来たタクシーを私ではなく樹くんが止めてくれた。空いたドアに促されるまま乗り込み、てっきり彼もついてくるもんだと思っていたら樹くんは心配そうに覗き込んでくるだけだった。
「一人で大丈夫?」
「うん、ありがとう」
最初のコメントを投稿しよう!