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「ね、ねえ? 樹くん?」
『早く、来てあげて』
「……は」
『目を覚まさない』
息をするのも忘れたのかと思った。
声を出したいのにまるで喉から溢れてこなかった。唇がわずかに震えているだけ。最後にみた巧の悲しそうな顔だけが頭に浮かんだ。
嘘だ、そんな。
次の瞬間、近くの机の上に置いてあったハンドバックだけを手に取って部屋から飛び出した。握りしめた携帯からまだ樹くんの声が聞こえている気がしたが、今はそれに出る余裕なんかない。
エレベーターに飛び乗って一階に降り、まだ薄暗いフロントを通り抜けて外へ出た。
早朝であるため車通りは少ない。それでもなんという幸運か、ちょうど目の前にタクシーが通るところだった。すぐさま右腕を挙げて停める。
「中央病院まで、急いで走ってください!」
乗り込んで自動ドアが閉まるより先にそう叫んだ。行き先が行き先なので、運転手さんも事情を察したらしい。無言で素早く車を発進させた。
タクシーに揺られながらぶるぶると震える手をしっかり抑え、未だ混乱している頭をなんとか冷静にしようと努める。
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