ストレートに聞かせてよ

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 落ち着いて、落ち着いて自分。取り乱してはいけない。  そう言い聞かせても私の頭の中は巧でいっぱいだった。両目から涙が溢れ出、それを拭く余裕すら残されてはいなかった。  ああ、何で家を出たりしたんだろう。気まずくてもちゃんとあの家にいればよかった。もっと早く病院へ駆けつけられたかもしれないのに。 「巧……」  返事のない呼びかけが、虚しい。  彼が好きだとか、彼が誰を好きだとか、そんなことはもうどうでもいいと思った。なんてくだらない、と一蹴したい。そんな問題、大したことではない。  ついこの前、真っ白な顔をして眠ったおばあちゃんを思い出した。ばあちゃんも急だった、急に私のそばからいなくなってしまった。  一緒に暮らして、そんなに長い時間を過ごしたわけではないけれど巧との時間は居心地がよかった。私が一番辛い時にそばにいてくれた。自意識過剰で腹黒い男だけど、思えば自分に正直な人だった。  ああ、そうだよなあ……ぼんやりと思う。
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