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「今日は帰るわとりあえず。今度改めて杏奈ちゃんは口説くわ」
「おい」
「そのTシャツ本当に着てるんだね。てかスッピン可愛いー。今度ちゃんとお茶しようね!」
巧の存在は無視しています、というように樹くんは私に笑いかけて小さく手を振った。私はイマイチ状況についていけず、とりあえず手だけ振り返した。なんか騙された感じはあるけど、巧の事故を連絡してきてくれたのは感謝すべきことだ。
樹くんはそのまま病室から出て行った。嵐が過ぎ去ったように病室内はシン……と沈黙を流す。私は巧に向かって尋ねた。
「私にいうこと、って?」
「それは、ここじゃなんだから……家に帰ってから話す」
巧は未だ私から目線を逸らしたまま答えた。普段堂々として自信にあふれている彼らしくないなと感じる。
それ以上何も追求はしなかった。巧が私に伝えなくてはならないこと、ということに心当たりはあった。
シングルマザーのことだ。そのことを話すと約束したまま、この男は未だそれを果たしていない。
「分かった、ちゃんと聞く」
どんな答えでも真実を聞きたいと思った。
巧は私の力強い返事に何も答えなかった。
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