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巧のそんな声が聞こえて、持ち上げていた口角が固まる。なんだか懐かしい人を小馬鹿にしたその言い方。
巧は呆れたように私を見ていた。
「え、今なんと?」
「馬鹿かって言ったんだよ。俺がそんな堂々と不倫するか、やるとしたらもっと場所とタイミング考えるわ」
その言い方にイラッとしたけれど、すぐにそれは消え去った。怒りより、確かにそれもそうだという納得の感情が大きかったからだ。
巧はいつも計算高くてキッチリしている。考えても見ればあんな有名ホテルに堂々と女の人入って行ったら注目されるよなあ。巧がそんなやり方するとは到底思えない。
「え、じゃああの人は……」
「最近力入れてるプロジェクトになくてはならない相手の会社の奥さんだよ。普段はアメリカ暮らし。仕事の話が長引いてしまいそうだったから奥さんは俺がホテルまでエスコートしてたってわけ。ホテルマンにでも聞いてみろ、俺はエレベーター前までスマートに送ってサヨナラしてる」
「あえてスマートって自分でいうかな」
「事実だから」
普段のテンションで彼はそう言い放った。ああ、いつもの巧だ。これでこそ巧だよ。憎たらしい。
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