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「いや、そういうんじゃないんだけどね。うん、大丈夫」
焦ってそう返事をしたあと、手に持っていたお茶を飲もうとして口に運んだ瞬間、どうやらぼうっとして自分の唇の位置すら把握してなかったらしい。それは私の顎周辺で中身を盛大にこぼした。
「ああっ!」
「うわ、派手にやったな」
慌てて立ち上がる。巧は素早くティッシュを箱ごと私に投げ、布巾をとりに立ち上がった。私は濡れてしまった洋服を拭くために何枚かティッシュを取りだす。
「はっ! 高級ソファ大丈夫!?」
「濡れたの杏奈だけだ。ほら」
「はあ、ならよかった……」
もらった布巾も一緒にして必死に水分を吸わせる。何をやってるんだ、ぼうっとしすぎだ。しかもこの服、お気に入りなのになあ。
「お前本当仕事の時と違いすぎ」
「い、いや、今は考え事してて」
「何を」
「え、あー、うん、大したことじゃない」
お茶でまだよかった、と思う。これがコーヒーやジュースだった日にはもっと面倒なことになっていた。私が必死に服に染み込んだお茶を拭き取っていると、巧がそれをじっと眺めながら言った。
「……杏奈」
「え?」
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