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「杏奈ちゃーん。おっつかれー」
そんな声が響いて私は振り返る。
茶色の髪を揺らして笑う樹くんがこちらに向かって手を振っていた。すれ違う女たちが彼の横顔に見惚れている。
仕事終わり、さて帰ろうかと会社を出た途端聞き慣れた声で止められた。まさか、また彼は私の仕事終わりを待っていたらしい。呆れてため息をつく。
「樹くん、また待ってたの?」
「だって杏奈ちゃんご飯行こうって誘ってもはぐらかすじゃん」
「だから巧も一緒にいって言ってるだけじゃない……」
「だからやだよあんな固いやつとご飯食べるの」
目を座らせて言う彼を、私は今回はあまり邪険に扱えない。巧が事故をして病院へ運ばれた後連絡をしてくれたのは彼だった。あれがあって巧とは仲直りしたと言っても過言ではないし、多大な恩がある。
ただ、いまいち樹くんが何をしたいのかよく分からない。多分初めは巧の妻ってことを疑ってちょっかいをかけ出したんだろうけど、もう私たちの偽装結婚を疑ってるわけでもないし。巧の事故の時は連絡くれたりしたし。普通にいい『義弟』となっているのだが。
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