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しばし無言が流れたあと、巧が立ち上がった。そしてビールの缶をテーブルにおくと、そっと私の方まで回り込んでくる。
彼は何も言わずに、私の隣にしゃがみ込んだ。何だか恥ずかしくて、私は巧の顔が見れない。
「杏奈」
低くて心地よい声が響く。
「悪いけど今めちゃくちゃ喜んでる」
「そ、そうですか」
「自分がこんなめんどくさい男だったとは驚き」
「私もめんどくさい女ですが」
「こっち向いて」
呼ばれた方に恐る恐る顔を上げてみれば、突然口を塞がれた。冷えたビールを飲んだあとだからか、巧の唇がひんやりと感じる。
胸がぎゅうっと苦しくなった。鼓動がうるさくて敵わない。
食べるように何度もキスを繰り返したあと、彼が一旦顔を離す。その時見えた巧の顔はどこか切羽詰まったような、余裕のない表情だった。
見たことない表情に息が止まる。苦しくて死ぬかと思った。
「俺はそのつもりで今日来たんだけど。いい?」
小声で彼がそう囁く。
いくら頭が残念で経験値がない私も、ここで『何を?』だなんて主語を尋ねるようなことはしない。
私は慌てふためきながら何とか答えた。
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