2832人が本棚に入れています
本棚に追加
/382ページ
安西さんは冷たい声で言った。樹くんも言葉をなくす。
三人沈黙が流れた。真顔になった安西さんが色の無い目で私をじっと見ている。威圧感のあるその眼力に、私は何も言えなかった。
安西さんは再びにっこり笑った。そして私に背を向けて歩き出したが、すぐに思い出したように振り返って言った。
「藤ヶ谷グループの跡取り、彼のお父さん早く欲しくて仕方ないみたいですね?」
それを聞いて樹くんが怒ったように安西さんに何かを言おうとしたが、私は黙って彼を止めた。相手は妊婦だ、それに妊娠しているのならその父親に認知を求めるのはごくごく当たり前の権利。安西さんに怒りをぶつけるのはおかしい。
「杏奈ちゃん……!」
「またご連絡します、すみません」
私が色のない声で答えると安西さんは頷いた。そしてゆっくりとした歩調でそこから歩き去っていく。
ぼんやりとその後ろ姿を見ていた。怒りだとか悲しみだとか、そういうものよりただショックだった。
巧の、子。
そう思ったと同時にふわりと体から力が抜けて倒れそうになる。それを樹くんがタイミングよく支えてくれた。慌てたような声が耳に入ってくる。
最初のコメントを投稿しよう!