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うまい言い訳すら思いつかなかった。ただ脳内は真っ白でなんの処理も行えない。フリーズしたパソコン画面のようだ。
樹くんは何か言いかけたが、すぐに黙り込んだ。私は無言でただアスファルトを見つめていた。
あの人が巧の子供を妊娠している。あまりにショックが大きいこの事実だが、私の心の中ではやや違う方向に意識が逸れていた。
形式上だけでも巧と結婚していて、まだ日は浅いけどキチンと付き合っている。それなのに私はくだらないことで巧からの誘いを断って未だ一線を越えられていない。
でもあの人は付き合ってもないのにちゃんと巧と男女の関係になれたんだ。
よくわからない劣等感だった。ただ、私には無理であの人はできたんだ、という謎の気持ちが胸にいっぱい広がっていた。
「……あ、安西唯って、思い出した!」
樹くんがはっとしたように言う。
「安西グループの令嬢だ!」
「安西グループ……? って、あの?」
「そうだよ、うん。巧と見合いしてたはずだよ」
「お見合い……」
そうだ、出会った頃巧は言っていた。私と会う前に何人も見合いや食事を取ったこともあるって。その相手だったんだ……。
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