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いつも涼しい顔をしてる巧が、あの人の名前を出しただけでこんなふうに狼狽えている。本人は気づいていないのだろうか。
安西唯さんっていう人が彼にとって『ただの女性』でないことは明確。
『寝たの? あの人、巧の子供妊娠してるって』
そんな言葉、私の口から出せるわけがない
私は不器用すぎて初めてのデートでも失敗して、その後のステップアップすら上手く対応できなくて、そんな私の口から出せるわけがなかった。言いたくなかった。残酷すぎる真実を、言える余裕がない。
話すべきことはたくさんある。私との関係は? 安西さんとの関係は? 親にも一体なんて説明するの?
なのに、臆病すぎる私からはそれ以上の言葉は出てこなかった。
「……いや、お見合いしたって聞いて、どんな人だったのかなって」
苦笑しながら答えた。巧がほっとしたのが伝わる。私と安西さんが直接会っていないことに、随分安堵してるようだ。
「そうか、噂で聞いたのか」
「……うん」
「見合いしたけど好みでもなんでもない人だったよ。親が強引に開いただけ」
チクリと胸が痛んだ。巧が嘘をついたから。
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