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巧はわけがわからない、というように口を半開きにしたまま動かなかった。私の頬を涙が伝う。それをそのままに、巧の顔をしっかり見上げた。
もう逃げない。そう心に決めて。
「子供がいるっていうなら離婚しなきゃって思ってたけど、やっぱり私嫌だって思ったの。私はその、安西さんと違ってちゃんと巧とそんな階段も登れてないけど……それでも、これからちゃんと夫婦になりたい。巧と離れたくないって思ってる」
「……杏奈」
「だから、お願い……」
そう呟いたと同時に、私は意を決して巧に思い切り抱きついた。もはや突進だったので、巧は体のバランスを崩して後ろに倒れそうになる。それでも必死に持ち堪え、なんとかバランスを元に戻した。
その広い胸にしがみついている私をしばらくそのままにし、巧は何も言わなかった。
「杏奈」
しばらくたってそう低い声がした。びくっと反応し、恐る恐る顔を上げた。今巧が果たしてどんな顔をしているのか、私には怖かった。
その表情で、彼からの返事がわかるはずだから。
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