ご挨拶

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 また隣で巧さんが笑う。ついその横顔を見た。冷徹男だとか噂されてるわりに、この人意外とよく笑うなと思った。いつも見る営業スマイルとはまた違った笑みは人懐こさもあり好感が持てる。  車はあっという間に私のアパート前にたどり着いた。ふうと息を吐き、ようやく帰宅だと安心したところに、停車させた彼がこちらを向き直った。 「ああ、そうだ、杏奈のアパート」 「え?」 「まだ退去の連絡してなかったろ」 「ああ、まあ……急ぐことじゃないし」 「しといたから」  平然と言われた言葉に、私は隣を二度見した。  え、なんつった、勝手にもう退去の手続きを??  唖然としている私にさらに続ける。 「今日杏奈の会社の社長たちにも挨拶の電話を入れておいた」 「!?」 「それとこれ」  彼は車の後部座席から何を取り出した。丁寧に折り畳まれた白い用紙を広げられた時、私はただ黙ってそれを眺めて目を丸くした。  婚姻届だった。
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