2838人が本棚に入れています
本棚に追加
巧は自分で笑ってしまったあと、すっと席を立った。そして私の方まで回ってくると、隣の椅子を引いて腰掛ける。
私は不思議に思いながらその行動を黙って見ていた。
巧は私の隣でしばらく沈黙を流したあと、ポケットを漁る。そしてそこから出てきた物を私に差し出して、優しい声で言う。
「杏奈。結婚してほしい」
彼が持っていたのは指輪だった。
手にしていた箸を落とした。カランと高い音を立てて転がり床に落ちる。それを拾う余裕もないほど、私は呆然として小さな輪を見ていた。
巧は優しく笑いながら言う。
「ま、もうしてるんだけど。でも俺たちの婚姻は、契約上の始まりだったから」
「……」
「これは契約じゃなくて、一人の男としてのプロポーズ」
ただ呆然と、彼の顔を見上げていた。
私たちは戸籍上夫婦だ。
でもそれは愛のある結婚じゃなかった、ルームシェア状態から始まったこと。
その後恋に落ちた私たちは、付き合うところから始めようだなんてめちゃくちゃなルートを辿っていた。
それからも色々あって。大変で。
でも二人でやっとここまで来れた。
「……巧」
最初のコメントを投稿しよう!