隠し事はもうしない

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「笑わないの? もう結婚してるじゃんって」 「わら、わない」  声が震える。彼の持つ指輪をそっと触った。 「わ、私でいいのかな……? 私オタクだよ」 「知ってる」 「結構ズボラだし」 「知ってる」 「家事もそんなに得意じゃないし」 「知ってる」 「なのに」 「全部知ってて、杏奈がいい」  目の前が滲んだ。驚きと嬉しさの涙だった。  今で感じたことのない、最高の幸福感が自分を包む。 「お願い、します」  未だ震える声でそう答えると、巧が私を抱きしめた。熱い体温が溶け合う。 「いいの? 俺結構性格悪いけど」 「知ってる」 「細かいし嫉妬深いよ」 「知ってる」 「頭良くて将来の藤ヶ谷社長だよ」 「あは、急に褒めるじゃん!」 「事実だから」  笑いながら私を離した彼の顔を見上げて、私は頷く。 「全部まとめて、巧がいい」  めちゃくちゃ変わった順路を辿った私たちは、この日ようやく本当の夫婦になった。  結婚から始まって付き合い、結婚に終わる珍しい形の二人だ。  それでもこうじゃなかったら、きっと私はここまで来れなかった。  かけがえのないのない存在を、得ることは出来なかったんだ。
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