ご挨拶

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 私が車のドアを開けようとした時、思い出したように巧さんが言った。 「あ、あと」 「まだ何か?」 「杏奈のおばあさんの見舞いに行かないと。これこそ、早めにな」  私は背後を振り返って見る。  ……覚えてたんだ、あの話も。  少し感心しそうになって思いとどまる。いや、そもそも私がこのバカみたいな話に乗った最大の理由なんだから、そりゃ忘れられてちゃ困る。  今度こそ車のドアを開いて足を出そうとした時、自分の膝に見知らぬ上着がかかっていたことに初めて気がつく。あれっと思い、それがこの強引男のものだとすぐ思い出した。  寝ている間に、掛けられていたようだった。 「あ……これ、ありがとう」  私は上着を手に取って差し出す。彼はああ、と無愛想に返事をして受け取った。今度こそ少し感心する。意外と優しいことをしてくれるじゃない。  緩んだ頬でその顔を見た瞬間、やつがにやっと笑った。 「やらねばならないことが盛り沢山だからな。風邪なんて引かれてる場合じゃないんだ。荷造りしておきなよ」 「…………エエソーデスネ」  さっきの私の笑顔、返せ。  
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