引っ越しました

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 温まったそれを再び巧がいる方へ持っていき置く。立派なダイニングテーブルも存在するのに、私たちはローテーブルに食物と飲み物を広げてくつろいでいた。 「ありがとう」 「いいえ」  ビールを煽った彼は私が広げたつまみを指先で掴んでぽいっと口に入れた。黒髪の毛先から小さな雫が落ちる。それを鬱陶しそうに、タオルで拭いた。  なんとなくそれをじっと眺めながら私もお酒を口にする。  いつもスーツ姿で髪も乱れないスーパー副社長が、ビールとお菓子を摘んでる。上半身は裸で。なんだか違和感を感じると同時に、すごく親近感を覚えた。なんでも怖いくらい準備が良過ぎるし、用意周到すぎて恐怖だったけれど、こう見ればただの人間なんだなって。  当たり前のことだけれど再確認。巧もプライベートは普通の人間なんだなあ。 「何」 「なんか、仕事中と随分印象違うなあって」 「こっちの台詞。あれだけ仕事できる有名な秘書がこんなズボラとは思わなかった」 「うるさいなあ、外ではちゃんと奥さん演じてるからいいでしょ」 「まあ、契約はそうだったから文句はないけど」
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