6.上官(あの人)が泣いた日

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「はー、親父くさ。俺、日本酒のクセがまだ慣れないんだよな」  シドが面倒くさそうにガラスコップを持つ。 「だからまだ子猫ちゃんなんだよ。文句言うならこっちくんな」 「いただきます、大将」  初来店サービスの一杯を手に取り、最後は年代が違う男三人、ひとまず『いらっしゃいませ、初めまして』の乾杯をした。  さっそく出されたおでん盛りを食べたが、極上だった。 「うまい。こんなにうまいおでんを食ったの久しぶりだな」  これは心優にも食べさせてあげたい――。そう思ったが、ここに来るのは確かに『気持ちが向かうかどうか』は難しそうな雰囲気だった。  親父の店、御園が集まる、シドは子猫と子供扱い、基地の裏側で小さな峠を越えなくてはならない。  だが、うまいおでんと、何も言わなくてもわかってくれている親父的な大将。そして静かに凪いでいる漁港。港も自分たちだけで静か……。  ここで黙って酒を飲んで、うまいおでんを食べているだけで。それだけで、落ち着くような気がする。なるほど『男の場所だ』と雅臣もだんだんと親父達の気持ちがわかってきた。 「シド、葉月ちゃんは大丈夫だったか」 「んー、まあ。そこそこかな」 「そっか。いつまであの子は無茶するんかね。コックピットにいる時から、どこまでも自分を追いつめて」  大将は自分の妹か娘を案ずるかのように、疲れた顔を見せた。 「大丈夫だって。今回は司令の配慮だったと思うんだけれど、旦那さんが途中で空母に配属されたんだ。高知沖で補給があったんで、その時に補給艦に乗って帰ったけれどさ」 「そうか。海東君もそこは心配だったわけだ」
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