6.上官(あの人)が泣いた日

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「城戸君をつっぱねる決意をするまですごく悩んだみたいだな。『あの子は、私と一緒になった。ある日突然、これこそ自分の生き甲斐、誇りというものを他人の憎しみを全身に受けて奪われた。その痛み、生半可なものではない。どうにも消えない。一生付き合っていく。だから、わかる。きっといま、あの子は空母にいたら駄目だ』と言っていたね。ほら、葉月ちゃんもヴァイオリンを奪われただろう。動けない手でヴァイオリンを弾けと言われるほど残酷なことはない。飛べなくなったのに、空に飛んでいく部下や後輩を心から応援できるのだろうか。否、私ならできない。だから、あの子は『いまは』空母から降ろすってね」  雅臣は黙りこくる。あの時の、痛みに哀しみがぐわっと蘇ってきた。
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