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「沙奈……」
「あはは、尚君ったらそんなに泣いちゃって、ごめんね、驚かせて」
沙奈が俺の背中をさすりながら笑う。
「沙奈、ごめん。俺は伝えてなかった。いつもありがとうって、沙奈に感謝しなきゃいけなかったのに――」
そういうと、沙奈はちょっと考えるような表情になった。
「うーん。それはちょっと違うかな」
「え?」
「言わなきゃいけないことはないんだ。だって、ありがとうって思ってくれてるのがわかったから。尚君、言葉にしなくてもありがとうってちゃんと思ってくれてるでしょ? そういうのわかるんだ」
「じゃあ、どうして……」
「うーん。なんていうのかな、私がね、このままで大丈夫なのかなって、不安になっちゃったんだよ。ごめんね、尚君」
沙奈は俺のために椅子を用意してくれた。まるで、俺が来るのを予想して持ってきていたみたいだ。沙奈は俺が来ると信じていたのかもしれない。
「私たちさ、なんとなく付き合って、なんとなく一緒に住んで、なんとなく結婚しようかなって感じだったじゃない?」
「あぁ」
「それがね、大丈夫かなって思ったんだ。私は尚君のことが好きだし、尚君も私のことを好きでいてくれるんだろうなっていうのはわかるんだけど。なんだろう、互いに互いがいることが当たり前になりすぎちゃいけないって思ったの」
沙奈が思っていたことは、沙奈がいなくなってから俺が思っていたことと同じだ。
「なんか面倒くさいことしちゃってごめん。なんか私がいない間も私のこと考えて欲しくて」
「めっちゃ考えた」
「来てくれてめっちゃ嬉しかった。私も尚君の有難みを再認識しようと思ってソロキャンしていたのです。一人ご飯、全然美味しくなかった。朝起きて横に尚君がいないのも寂しかったし」
俺も、同じことを思っていた。
「ここから出勤するのも超恥ずかしかったよ。受付のおじさんに絶対変な人だって思われてる」
沙奈はそういって少し困ったような顔をした。
「俺も思い知った」
「ん?」
「沙奈の有難み」
沙奈はまた嬉しそうに笑う。沙奈が笑ってくれることが、めちゃくちゃ嬉しかった。今までも嬉しかったのだ。それに、なれてしまっていただけ。
「ありがとう沙奈」
「私も、ありがとう尚君」
二人でインスタントコーヒーを飲んでから、テントを畳む。一人で畳めるけど、今日は二人で畳む。なんとなく。
撤収作業を終えた沙奈は、受付に「ありがとうございました」って元気に挨拶をした。その声に反応して、受付のおやじが顔を出す。
「お、やっと迎えが来たのかい?」
「はい!」
沙奈は嬉しそうだ。なんかちょっと恥ずかしいな。
「沙奈のベーコンエッグは絶品」
「えぇ! どうしたの急に」
「今日から一緒に買い物行く」
「本当!? めっちゃ助かる、ありがとう尚君!」
きっと、一緒にいることは当たり前じゃない。当たり前のように流れる日常は当たり前じゃない。
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