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俺は急いで着替えて家を出た。靴紐を踏んで転びそうになる。結び直している時間が惜しかった。
『OOキャンプ場に行きます』
箱の中の紙にはそう書いてあった。『開けてくれてありがとう』って書いてあった。
沙奈と暮らし始めて、俺は一度も沙奈に『ありがとう』なんて言ったことがなかった。言わなくてもわかる気がしていた。そのうちに沙奈が俺に何かしてくれることを、心のどこかで当たり前だと思っていた――
飯をつくるのも、買い物に行くのも、夜遅くまで俺の帰りを待っているのも。全部、当たり前なはずないのに。
大通りでタクシーを拾った。
「OOキャンプ場むかってください」
「市営の?」
「そうです!」
二人で初めて行ったキャンプ場だ。近いけど景色とか結構綺麗で、旅行感あるねって言って笑った。
キャンプ場に着くと、万札を渡してタクシーから飛び出す。
「沙奈!」
日曜日だ、キャンプ場はそれなりに込み合っていた。俺は沙奈を探して張り巡らされているテントの間を縫うように進む。
あ――
見慣れたテントの向こうで、沙奈が椅子に座っていた。
「沙奈!」
駆け寄ると、沙奈がゆっくりと振り返る。驚いたような顔をしていた。
「尚君」
涙が出た。なんで泣いてるのか、自分でもよくわからなかったけど。嬉しいとか、安堵したとか、怒りとか、そんな色々な感情がないまぜになって、涙に溶け出す。
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