寝起きが悪い聖女と寝不足の王子

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 目を逸らした程度でアズレイトが、引き下がるわけがない。  いや、それどころか更に何かを刺激されたようで、サーシャの頬は大きな2つの手に包み込まれる。次いで、アズレイトが大変不機嫌な顔でこちらを覗き込んで来た。 「まったく……わたくしは、あなたが目覚めてくれるまでの間、ずっと想像していたんですよ。目覚めたあなたが、どんな言葉を掛けてくれるのだろうって。……ずっとずっと待っていたんです。なのに、二度寝ですか?そしてあんな質問をしますか?」 「……だって」 「だって何ですか?───……はいはい。逃げようとしないでくださいね。まだ身体を動かすことはできませんから」 「……」  目覚めて早々に質問攻めを受け続けるサーシャは、反省するどころかどんどん頬が膨れ上がった。  こっちだって、聞きたいことは山ほどあるし、言いたいことだっててんこ盛りだ。  まず自分が再び目を覚ますことなんてあるわけがない。  それに人違いかと思ったのは、アズレイトの髪型が変わっていたせいだ。綺麗な長髪だったのに、今は片側の目を隠すように一部だけ前髪が長いけれどあとは短髪になっている。  それに、髪色だってプラチナブロンドではない。真冬に降り積もった雪のような銀色だし、目の色も緑を含んだグレーじゃなくて、淡い浅黄色。  なんというか全体的に色素が薄くなっていて、記憶と一致するのは声だけしかなかったのだ。  そもそも普通に生活していたら目や髪の色が変わるなんてあるわけがない。だからこっちは大混乱中なのに、気を遣って本人かどうかを確認したのだ。悪いことなんて一つもしていない。   サーシャは、そんなふうに心の中で反論する。  だけれど、開け放たれた窓から風が吹き込み、アズレイトの前髪がふわりと靡いた瞬間、全ての答えに気付いてしまった。 「……アズさん、何をしたの?」 「は?なんですか藪から棒に。それより質問に答えて───」 「何をしたかって聞いてるの!」  一年以上眠り続けていたとは思えない怒声で言葉を遮られたアズレイトは、思わず息を呑んだ。  サーシャの顔は怒りに染まっている。  ちょっとでも誤魔化すようなことを言えば、一生口を利いてもらえないだろうと思わせるほどに。  でも、素直に言えるわけがない。言えば、なんてことをしたんだと憤慨するのは目に見えている。それにわざわざ口に出すのはカッコ悪い。  だいたいサーシャだって、浄化の儀に対価がいることを黙っていたのだ。  などという理由でアズレイトは無言を貫く。でも、無言は肯定という仕草でもあった。 「……アズさん……なんて無謀なことをしたんですか……どうして?」  確信を得たサーシャは震える声で呟く。みるみるうちに大きな瞳に涙が浮かぶ。  アズレイトが前髪で隠していた場所には、酷い傷跡があった。辛うじて視力は奪われていないようだけれど、それでも眉から頬に掛けて、抉られたような傷跡がある。  そんな酷い怪我を負ったこと、そして色素が薄くなってしまったこと。  鋭い牙で攻撃を受け、かつ強い魔力を受けなければこんな姿になることはない。  寝起きが悪く、頭もそんなに良くはないサーシャだけれど、こんなにわかりやすいヒントをもらえたら、答えを聞き出さなくてもわかる。  アズレイトは、魔王を倒したのだ。  自惚れて良いのなら、それは自分の為に。 「わたくしはですね、そうしなければ生きていける気がしなかったんですよ」  悪戯が見つかって観念したような子供のような口調で、アズレイトはポツリと言った。頬に流れたサーシャの涙を拭いながら。  その長い指先が目元から頬に触れ、最後に唇に触れた瞬間、サーシャは唐突に気付いた。  自分が彼の未来を守るために浄化の儀をしたように、アズレイトもサーシャの未来を手に入れようと魔王を討伐したのだと。  サーシャはアズレイトのことが好きだ。  彼の腕の中で死ねることに、これ以上ない程の幸せを感じていた。  そして今、彼が同じ気持ちでいてくれたことを知って、たまらなく嬉しい。そりゃあ、無謀なことをしてと怒る気持ちはまだあるけれど。 「アズさん」 「なんですか?サーシャさま」 「あのですね」 「……はい」  アズレイトの頬に触れる手が少し強張ったような気がした。でも、サーシャは気にせず口を開く。今、どうしても伝えたいと思ったから。 「こういう気持ちって、愛してるって言うんですよね?」  問いかけたのに、いつまで経っても返事はもらえなかった。  でもサーシャは満ち足りていた。言葉ではなく、直接心に響くようにアズレイトは”そうだ”と伝えてくれたから。  アズレイトは、寝台に横たわるサーシャをぎゅっと抱きしめていた。
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