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「どうやらわたくしも、サーシャさまと同様にせっかちな性格だったようです」
花火が打ち上げられる音と共に聞こえたアズレイトの言葉に、サーシャは思わず今いる場所から逃げようとした。
ちなみにサーシャは、現在アズレイトの足の間に座っている。彼が後ろから支えてくれているのだ。
もちろん満足に歩くことすらできない状態で、サーシャがそこから脱出できるわけがない。しかも、アズレイトに気付かれてしまった。
「この後に及んで、逃げようとは良い度胸ですね」
アズレイトはサーシャのお腹にぎゅっと手を回しながらそう言った。
どう答えていいのかわからないサーシャは、無言を貫きながら花火が打ち上げられる数を数える。
炸裂の音は2回までしか数えることができなかった。
「サーシャさま、今、あなたの気持ちを聞かせてください。わたくしはあなたの種馬になり得る存在になりましたか?」
低く耳元で囁かれたその声は、まるでサーシャの心の奥底を覗き込んでいるかのようだった。
絶対にアズレイトは今、イイ顔をしている。間違いない。
サーシャは逃げ出そうとしたことも忘れ、そんなことを思ってしまった。
そして涅槃の境地に至っていたはずなのに、視力を失ってしまったことを心底悔やんでしまった。
でも、それは一瞬のこと。
すぐにアズレイトの問いに答えることにする。あとついでに、ずっと伝えたかったことも、言うことにする。
「私は種馬なんか要らないです」
「……さようですか」
「だって、アズさんは種馬なんかじゃないですから」
「え?」
間の抜けた返答をしたアズレイトの顔も見たいとサーシャは思った。
とはいえ、無理なことは知っている。実りの神様はきっと今、花火を見るのに忙しいから、奇跡なんて望んじゃ駄目なのことも知っている。
だからせめて、自分の言葉で彼の呪縛を解きたいとサーシャは思った。
「ねえアズさん、自分のこと……た、種馬だなんて思っていないくせに、わざと卑下するようなこと言わないでください。あなたには素敵なところが沢山あるのに……なのにそんなふうに自分を貶めないで。自分の価値を勝手に決めないでください」
言い終えた瞬間、お腹に回っていたアズレイトの手の力が更に強くなった。神に誓って、逃げるようなそぶりは一切していないというのに。
そう主張しようとすれば、それより先にアズレイトに問いかけられてしまった。
「……なら質問を変えます。サーシャさま、ただのアズレイトとしてなら、あなたの傍にいて良いですか?」
「え゛」
なんて意地の悪い質問をするのだろうと、サーシャは思わずはしたない声を出してしまった。
でも、アズレイトはそんなことはどうでも良いらしく、さあさあどうなんだと詰め寄ってくる。
頬にアズレイトの息がかかる。今、彼はどれだけ自分に顔を近づけているのだろうと考えたら、頬が熱くなる。4秒後、視力を失って良かったという謎の結論に達した。
しかし、現状は何一つ変わっていない。変える方法はただ一つだけ。自分が彼の問いに答えること。
でも、ちょっとそれを言葉にする勇気足りなくて、サーシャはアズレイトの手に自分の手を重ねてから口を開いた。
「……あ、あの……わたしなんかで良かったら……その……よ、よろしくお願いいたします」
言った傍から恥ずかしさで、どうにかなりそうだ。
なのに、頭上からは嬉しそうな吐息が降ってくる。額に温かい何かまで降ってきたけれど、蛭か何かだと思うことにしよう。
「好きです。サーシャさま」
想いを凝縮したような掠れた声が聞こえたと同時に、頬に大きな手を感じた。次いで、額に触れたものと同じものが唇に当たった。
サーシャの胸に、これまでなかった感情が生まれる。
これを何というのか───少し、考えてサーシャは気付いた。
でもそれをアズレイトに伝える前に、サーシャの手がぱたりと地面に落ちる。
夜空に大輪の花が咲く中、サーシャは大好きな人の腕の中で終焉を迎えた。
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