国を救った聖女は、王子の心までは救えない

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 アズレイトは、こと切れたサーシャの身体を横向きに抱き直す。 「サーシャさま」  返事などあるわけないのに、アズレイトはそっと愛おしい人の名を呼ぶ。何度も、何度も。  そして、数え切れないほどサーシャの名を呼び続けたアズレイトは、堪えきれないといった感じでその身体を掻き抱いた。  夜空には相変わらず大輪の花が咲いては、散っていく。人一人の死など無かったかのように。 「あなたは、酷い人だ。……言い逃げするなんて……ったく、最後の最後であんなこと言いますか?人が必死に隠してたのをあのタイミングで暴露しますか?……どうするんですか。わたくしはただのアズレイトになってしまいましたよ?……サーシャさま、聞いておられますか?……サーシャさま……サーシャさま───……っ」  アズレイトは震える声でサーシャを詰る。けれども、腕の中にいる少女はむずがることも、言い返してもくれない。  ただただ幸せな夢を見ているかのように、目を閉じたまま微笑むだけ。  女王が統治するライボスア国において、王子という存在は厄介者以外、何者でもなかった。  万が一、妻を他国から娶れば異国の女性が統治者となる危険性があり、また異国に婿として迎え入れられてもアズレイトが異国の王となる可能性がある。  だからといって国内の女性を妻にして、娘が生まれた場合、内乱を招くこともある。実際、過去にそういう争いがあった。  だからライボスア国の王子は、外交の駒として使えない。一生、独身を貫き、女王の陰として生きていくことが運命なのだ。  馬鹿らしい人生。  意味の無い人生。  存在価値など皆無。  邪魔なだけの存在。  アズレイトは齢10にして、自分の人生に見切りを付けていた。  そしてその頃から、自分自身のことを「種馬」と呼ぶようにした。  人間以外の存在なのだと自虐の意味もあったが、他人から受ける傷を少しでも浅くするために。  けれども、どうしたって心は傷つけられる。官僚の何気ない言葉に。メイド達の気遣う仕草に。  父親は自ら種馬となることを選んだ。でも、アズレイトは選んだ訳ではないのだから。  だからといって、どうすることもできない。  自分が国王になる野心など持ち合わせていない。仮に全てを捨ててどこか遠くに逃げたとて、王族であるこの血は、望まぬ争いを招く火種になる。そのため迂闊な行動は取れなかった。  息が詰まる。  心が壊死していく。  明日なんてこなければ良い。  ───……誰か、誰か、自分のことが必要だと言って欲しい。  人知れずアズレイトは、夜な夜な悪夢に襲われていた。何年も、ずっとずっと。  そんなある日、アズレイトは自分の母親であり女王でもあるエカテリーナに呼ばれ、強く命じられた。 「西の森に追放した聖女を何としてもここに連れて来い」と。  そしてアズレイトは魔王を封じた結界が弱まっていることも、瘴気が溢れ出していることもその時に知らされた。  国の危機ですら、どうにもならない状態になるまで教えて貰えない自分の存在に笑いたくなった。  王子とは名ばかりで、ここまで軽んじられていたことに打ちのめされた。酷く心が傷付いた。  でも、アズレイトは僅かな供を連れて、西の森に向かった。半ばヤケクソになって。  そこで出会った聖女は、アズレイトの予想を遥かに超える風変わりな少女だった。
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