国を救った聖女は、王子の心までは救えない

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 王都に戻ったアズレイトは、医師団にサーシャを託すとすぐさま旅服から甲冑に着替えた。催事用のものではなく、本気で戦うためのそれを。  それから短剣を取り出すと、長い髪をばっさりと切り落とす。熾烈な戦いになるのは確実だ。もともとささやかな反抗で伸ばしていただけのこと。今は邪魔でしかない。  だがアズレイトは、切り落とした自身の髪を目の前に掲げながら顔を歪めた。 「……しまった。サーシャさまに、短髪は嫌いかどうか聞くのを忘れてしまった」   そりゃあやっぱり、目を覚ましてすぐにがっかりした顔を拝みたくはない。  しかし、切ってしまったものは致し方ない。最悪、不満に思われたなら魔道士を脅して、くっつけてもらおうか。それが無理なら幻術でもかけてもらうしかないか。  などということをつらつらと考えながらアズレイトは、近くにあるチェストに自身の髪を置く。次いで壁に立て掛けてあった剣を手にして背筋を伸ばした。  そして、そのまま部屋を出ようとしたその時、ガチャリと扉が開いた。 「おやまあ、髪型一つで随分印象が変わるのじゃな。なかなか男度合いが上がった。ふむ、悪くない。じゃが、ヴァフリッドに比べたらまだまだ足りんな。特に渋さと大人の余裕的なオーラが。青臭さが全面に出ておる。お主もそろそろ、顔だけを頼りにせず……まぁ、そんなことはどうでも良い。それよりも、わらわに何か言うことは無いのか?」  色々ツッコミを入れたくなるようなことを一気に喋りきったエカテリーナに対し、アズレイトは首をかしげた。  特に言うことはない。  サーシャが余命幾ばくもないことを知ってすぐに、魔法玉を使ってエカテリーナに救う手立ては無いのかと助言を乞うたけれど、すでに礼は言ってある。  その時ついでに、そんな大事なことをどうして黙っていたのだと愚痴って詰ったりもしたけれど、これももちろん謝罪済みだ。  だから本当に言うことは無いのだ。  ただエカテリーナがわざわざ言葉を要求するということは、言ってほしい何かがあるのだろう。  アズレイトは、更に首の角度を深くした。そうすれば、エカテリーナは呆れきった感じで大きなため息を付いた。 「“行ってきます”じゃろ?」 「……あ」  間抜けな声を上げたアズレイトは、しばし固まってしまった。  もうずっと、エカテリーナとは親子として接してはいなかったので、まったく思い浮かばなかった。  そんなアズレイトを見て、エカテリーナはチクリと胸が痛む。けれど親子の絆を深める時間を取るより、もっと大事なことを優先しないといけないことをエカテリーナはちゃんと知っている。  だから、ニヤリと片方の口の端だけ持ち上げて、自身のドレスの胸元に押し込んであるモノを取り出した。 「ちと早いが、わらわからの結婚祝いじゃ。受け取れ」  無造作にこちらに放られ、そしてきれいにアズレイトの手のひらに着地したそれは、ぶどう色の石が付いた鍵だった。サーシャの髪の色によく似ている。 「……こ、これは?」 「初代の聖女の魂の欠片じゃ。因縁の魔王と対峙するとなれば、そなたの手助けをしてくれるじゃろう。多分」 「へ?!」  なんか雑に渡されたそれは、国宝どころじゃないそれ。  ぎょっと目を剥くアズレイトに、エカテリーナは笑みを深くしてこう言った。 「そういうわけじゃ。気を付けて行って来い。ああ、そうだ。死ねばあの世でサーシャに会えるなどと思うでないぞ。あれは、お主が生きて戻らなくても、わらわの持てる全てを使って生き返らせてやる。何年……いや、何十年経とうとも。だからもしそんなことを思っているなら、その考えは今すぐ捨てろ。片腹痛いわ。それと......最後に……まぁ、あれだ。初代の聖女もイケメン好きであることを祈っておくぞ」  最終的にトンチンカンな言葉で締めくくった母親を見て、アズレイトは自分の母親はもしかして相当不器用な人間なのかもしれないと思った。  ただそれを口にすることはせず、仕切り直しにと居住まいを正し、行ってきますと言う。  そうすればエカテリーナは、満足そうに頷き部屋を後にした。  次いでアズレイトも、すぐに部屋を出ようとする。だがその足はピタリと止まってしまった。 「......お、お前たち......ここで何を......」  中途半端なところで言葉を止めてしまったアズレイトだったけれど、それ以上口を開くことができなかった。  なぜなら開いたままの扉の前には、これまでずっとサーシャと自分を見守ってくれていた騎士たちがいたから。皆、揃いの甲冑姿で。その表情は死地に赴くことを覚悟しているそれ。  アズレイトは付いてくるなと声を掛けようと口を開く。自分の命の保証すらできないというのに、供など連れていけるわけがない。  けれど、それよりも早く一人の騎士が口を開いた。 「休暇届は、女王陛下に受理していただきました。だから命令は聞くことはできません。わたくしたちは、今からちょっくら魔界までバカンスをしに行くだけでございます」  そんなことを言われたら、アズレイトが返せる言葉は一つだけだった。 「好きにしろ」  吐き捨てるように呟いた言葉をしっかりと拾い上げた騎士達は、深々と礼を取りアズレイトの後ろを歩き始めた。
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