寝起きが悪い聖女と寝不足の王子

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 掛布越しに抱きしめられたら温もりは、少し時間を置いて伝わってくる。アズレイトが小さく震えていることも。 「あなたが目を覚ますまで……一年半かかりました。その間、わたくしは……とても怖かったんです。このままサーシャさまが……コトリと……し、死んでしまうんじゃないかって。本当に……とってもとっても怖かったんです。不思議です……魔界にいた時より、戻って来てからの方がずっと怖かったんです」  アズレイトはサーシャを抱きしめながら、うわ言のように途切れ途切れに言葉を紡ぐ。  おおよそ何百年も打ち倒すことができなかった魔王を討伐した勇者とは思えない、か細い声で。 「アズさん、ごめんなさい。……私、昔っから寝起きが悪いんです」  ───死んだ母親に叩き起こされるくらいに。  最後の一文は声に出さなかった。  ただ、天国にいるはずの母親が起こしに来てくれるくらい、この人は限界を迎えていたのだろう。本当に悪いことをした。  サーシャは心の底から申し訳ないと思ってアズレイトに謝罪する。すぐに、くすりと小さな笑い声がサーシャの肩口から聞こえた。 「一緒にいる間、サーシャさまのことを一生懸命観察して、色んなことを知ったつもりでしたが、まだまだ足りなかったんですね。精進します。でも今回、あなたの新しい一面を知ることができたので、良しとしましょう」  さっきまで雷に怯える子犬のように震えていた彼はどこへやら。アズレイトは、ほんの少し顔を持ち上げて笑った。恐ろしいほどのポジティブ思考だ。  けれどアズレイトは、すぐに眉をへにょりと下げてこんな質問をする。 「サーシャさま……これからは、寝起きの悪いあなたのことを起こして差し上げたいと思っています。ですが……わたくしはこんな醜い顔になってしまいました。ですからサーシャさま、はっきり言ってください。唯一の取り柄を失ったわたくしは、あなたの側にいては駄目でしょうか?」  サーシャはアズレイトの馬鹿らしい質問に唖然としてしまった。  アズレイトの顔に傷があろうが、色素が薄くなろうが、そんなものは些末なこと。この程度でこの男の美しさが霞むことなどない。  確かにサーシャは、アズレイトの顔に惚れた。顔が良いことは何度も伝えたし、それしか彼に言ってないことも、嘘偽りない真実だ。  だからサーシャがアズレイトの顔以外、魅力を感じていないと思ってしまうのは致し方ない。  でも、今は違う。 「私はアズさんが好きなんです。アズさんが傍にいてくれたら、それで良いんです」  身分の差に関係なく、公平に接することができるアズレイトが好きだ。  運命を変える強さを持つアズレイトが好きだ。  拒絶されることを恐れず、踏み込んでくれるアズレイトが好きだ。  未来を夢見ることを諦めてしまった自分に、もう一度、未来をくれた彼の事を心から愛している。  サーシャは、それをアズレイトに言葉で伝える。何度もつっかえてどもりながら。  一言一言伝えるたびに、アズレイトの顔がくしゃりと歪む。でも、辛さを堪えているわけてではないようで。 「……あなたから、そんな言葉をもらえるなんて……夢にも思っていなかったです」  泣き笑いの表情を浮かべるアズレイトは、今まで見てきた中で一番惚れ惚れする顔をしていた。  そしてその顔は、再びサーシャに近づく。サーシャも、そっと目を閉じる。  だが、二人の唇が触れ合おうとした瞬間、ノックも無しにガチャリと扉が開いた。 「ああ、サーシャ起きたのか。随分と寝坊助だったな」  部屋中に濃密な空気が充満する中、まったく意に介さずにそんなことを言い放ったのは───  この国の女王、エカテリーナだった。
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