追放された聖女と元種馬王子のその後

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追放された聖女と元種馬王子のその後

 長々と居座っていた冬がその場を去れば、そこかしこから生き物たちの息づかいが聞こえてくる。  西の森へ向かう一本道は、左右に菜の花畑があり、まるで黄色の布を広げたようだった。  そんな穏やかな昼下がり、平和を絵にかいたような西の森の麓の村は少々騒がしかった。  なぜなら、多種多様な職種の人達が馬に跨がり一列となって、西の森へと向かっていたから。 「───......サーシャさま、あの......本当にそれを使うんですか?無理はなさらないでください。代えのものはいくらでもあります。例えば、母上が押し付けたスミレ柄のティーセットとか、姉上が無理矢理荷物に捩じ込んだ金の縁取りがしてある白磁のカップとか」 「いいえ、アズさん。私、これが気に入っているんです」  アズレイトの言葉を遮ったサーシャは膝の上に抱えている包みを少し持ち上げた。  次いで、すぐ後ろで自分を支えてくれながら手綱を握っている彼に向かいにっこりと笑った。  そうすれば、アズレイトはぐぅっと小さく呻いて渋面を作る。だが、サーシャが絶対に譲りませんと強い視線を向ければ、最終的に肩をすくめて引き下がることにした。  ちなみにサーシャが大切に抱えているのは、随分前に騎士から贈られたカップ。割ってしまったお詫びにと手渡されたもの。  ただ割れてしまったカップは小鳥柄だったけれど、サーシャが手にしているのはドラゴンが炎を吐いているそれ。控えめにいって、女性が好んで使う柄ではない。  でもサーシャはとても気に入っている。アズレイトはどうにかして別のものを使ってほしいと思ってはいるけれど。 「......できれば同じ柄のものを使いたかったんですけどね」  馬の蹄の音に混じってぼそっと聞こえてきたアズレイトの呟きは、思いの外広い範囲に聞こえてしまったようで、すぐさま後ろから「ご安心くださいっ。もう買ってあります!」という男性の声が聞こえてきた。  アズレイトは手綱を握りつつ後ろを振り返り、目だけで「黙れ」と訴える。  少しの間のあと背後から、からからと心地よい笑い声が澄んだ青空に響いた。そして、そんなやりとりを繰り返していたら、西の森へと続く細い道がサーシャ達を出迎えるように顔を出した。  二年もご無沙汰していたその道は、変わらず樹木の枝が延び放題で、サーシャはその光景を目にしてようやっと戻ってきたことを実感した。
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