満開の桜のように

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 会社では社畜になって上司に従う。それで言えば、家では家畜になって妻に従う。斯様な隷属的な男は現代社会には少なからずいるもので父が決めた嫁入り先に意志に反していても父に従って嫁がねばならず結婚後も亭主に従わねばならない時代に生きた女と比べて自由でないという意味に於いてさして変わりはない。であれば、親会社社長の令嬢、愛美と子会社社長の息子たる僕を政略結婚させようとする子会社社長即ち父に従い、父の跡を継ぐことも束縛された生き方に当たると言っても良いのではないだろうか。  そう思う俊彦は大学四年生。大学に入る前からこの思いは一貫しているから彼は商業科を勧める父に反発して美術大学を選んだ。大学くらい自分の好きな所を選ばしてくれと哀願したことで父が心折れ、また愛美を一目見れば惹かれるに違いないと父が確信していた為に父に認可され、美術大学に進学出来た。  俊彦は小さい頃から絵が好きで絵を描くことが上手で画家になるのが夢だった。その夢に向かって美術大学で学んでいる。が、いきなり画家として食って行くのは余程の才能があったとしても才能を認めてもらえるかも覚束ず極めて困難だから取り敢えずイラストレーターとして働こうと思っている。そして彼は中々の美男子で令息の端くれでありながら家政婦の曜子に恋している。彼女は結婚して家政婦を辞めた亜希代の代わりに俊彦が大学二年生の時に雇われて来た。亜希代より九つも若く二十で亜希代と違って器量が良く可愛くて莫連ではなく全然すれていなくて良い意味で賢しい。おまけに気立てが良く、よく気が付くし、如才なくまめまめしく働く。それでいて美人としての誇りがあり、見っともなく腰を低くすることは決してなく、従って上品だ。  だから俊彦はこの子なら絶対、良妻賢母になれると見込んでいる。しかし、到頭、彼は愛美と高級ホテルのラウンジにて、お見合いをすることになった。都会の夜空を一望できるガーデンテラスや露天風呂があるだけに開放的なイメージをフィーチャーした、採光の優れた、天井の高い、広々とした所で丸いガラステーブルを八つの本革張りのパーソナルチェアが取り巻いている。一通り挨拶が済んだ後、その一つに俊彦が真っ先に座ることになると、俊彦を挟んで俊彦の父母が座った。続いて愛美が俊彦と向かい合わせに座ると、愛美を挟んで愛美の姉妹が座ったので愛美の父母は残った席に座って自ずと向かい合わせになった。これは俊彦一人には内緒でこう座るように七人が仕組んだのだ。つまり愛美の姉妹は両人とも愛美に劣らず美人なので愛美と結婚すれば、美人姉妹ともお近づきになれるよと俊彦に暗に言っている訳だ。その上、この縁談を断ったら勘当だと父に言われていたにも拘らず俊彦は過去の異性との関係とか品のない話とか自慢話とかネガティブな話とかした上に愛美の話題に興味なさそうにして悉く顰蹙を買った。それは計算通りだったが、外見を矢鱈に褒めれば、外見だけで判断する男と誤解されると思って、「いやあ、全くお綺麗で可愛らしくて惚れ惚れしてしまいます」なぞと言って褒めそやしている時に思わず顔がにやけてしまうと、愛美に気があると思わせてしまった。そして愛美が顔を赤らめると、俄かに全体のムードが一変して和やかな雰囲気に包まれたので俊彦はこれはしくじったと思って苦笑した。しかし、曜子をまだ手中に収めていた訳ではないので思い切り悪く、まあ、愛美は確かに美人だし、次回のお見合いでは二人っきりで話せるからどんな女か知っておくのも悪くないと思い、第一回目はこんな感じでもいいかと曖昧に終わらせてしまった。  
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