可愛い花の名を呼ぶ

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〈乳児突然死症候群(SIDS)〉 何の予兆も既往歴もないまま、乳幼児が死に至る原因不明の病気。 それで俺の娘は亡くなった。突然だ。 もうすぐ一歳の誕生日を迎えようとしていた。 ◇◇ その日は久しぶりに朝遅くの出社で、やっと娘に「おはよう」が言えると思っていたのに。 朝ごはんを食べていた俺の耳に妻の泣き叫ぶ声が響いて、急いで茶碗を置き寝室へと向かった。 「香織!どうしたんだ?」 「一花が、一花が、息……してないの!!」 「……え?」 触れた小さな手は氷の様に冷たくて、力が抜けたように軽かった。蒼白くなった顔、足先もぬくもりをもう感じない。でも可愛い寝顔はいつもと変わらなくて、名前を呼べばあの愛らしい笑顔が今にも浮かび上がってきそうだった。 俺たちは自分の命より大事なものを失った。 それは突然、残酷に奪われた。何のせいでもない、何かを責める事も出来ない。原因不明の病気なのだから。 何かに当たる事も出来ない妻は、自分を責め続けた。どうして寝ている時に気づいてあげれなかったのか。前の日に様子をちゃんと見ていれば助けられたのではないか。 毎日彼女は泣き暮れ、生きる事を放棄していたかの様だった。一日中、娘の写真と動画を眺め続けていた。 真っ暗な部屋にテレビの光だけが彼女を包み込む。 その輪郭からは、煌めく液体が止めどなく流れている。俺は彼女の後ろからそれを眺める。 まだ歩けない娘が、つかまり立ちをして一歩踏み出しては転ぶ姿。両手をこっちに伸ばしている姿は、本当に愛らしくて可愛いくて。歩く姿が見れるのを、俺も彼女も楽しみしていて。 これから当たり前に続くと思っていた未来はもう無い。 俺たちは、一花の居ない現実を受け止められないでいた。 彼女は日に日に痩せ細っていった。ほとんど会話も無くなってしまったけれど、俺がしっかりと支えていかなきゃいけない。 そんな時、会社で「願いが叶う花」の話を小耳に挟んだ。 〝星叶花(せいきょうか)〟 イチリンソウという花は白いが、その花の中に一つだけある青いイチリンソウの名前。それを見つけて願い事をするとその願いが叶うそうだ。この花はある山の麓にあるらしい。 俺は妻とその花を探しに行こうと決心した。 ずっと言いたかった「おはよう」を言う為に。
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