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人類が滅亡したのなら、何故私たち親子だけが今も生きているのか。
神様のちょっとした悪戯なのか。それとも、ただの偶然なのか。
どちらにしても、皮肉な話だ。
だって親子じゃ、アダムとイヴにもなれない。結局人類はこれ以上繁栄することはないのだ。
ならば何故、生きながらえてしまったのだろう。
それならみんなと一緒に死にたかった。と私は思う。
「東京にも生存者がいないんじゃ、もう他の生き残りを見つけることは絶望的ね」
「今日、なに食べる? ナナミ」
「……人の話聞いてる?」
「聞いてるけどさ。生きていかねばならないもんよ。食わねばならないだろう」
「もう生きてたって意味ないじゃん。人類滅亡したなら」
「生きることに意味って必要か?」
「むしろ、いらないの?」
「いや、だって俺はまだ死にたくないぞ」
「……強欲」
「だって、仕事する必要ももうないんだぞ。死ぬまで楽しまなきゃ損だろ」
親父はそう言って、無邪気に笑う。
「ナナミだってもう学校行かなくていいんだぞ」
「私は別に学校嫌いじゃなかったし。大学だって行きたかった」
「じゃあ、大学に行ってみるか。せっかくなら東大とかどうだ?」
「そういう意味じゃない!」
思わず大声を上げた。
親父を見遣ると、一瞬だけ驚いた顔をしていたがすぐに、なんだか諦めたような、仕方ないな、と言いたげな顔で微笑む。むかつく。
「わかってるさ、ナナミ」
「わかってないよ。親父にわかるもんか」
「わかってる。みんな死んで、何もかもなくなって、辛いよな。しかも何の冗談か、普段会話もろくにしない父親と生き延びてしまったんだから」
「だから、なにがわかるっていうの⁉」
「わかるさ。俺だって同じさ」
そうだ。親父も同じだ。同じ境遇で同じ寂しさを、この人だって感じている。それでも前向きになって生きようとしているんだ。
そんなこと言われなくたって理解している。
でも、私はそこまで割り切れる程、大人になれてない。
「だけどな、ナナミ。俺は生きていたいんだ。もう少しだけ」
「私を巻き込むな」
「ごめんな。でも、出来ればもう少しナナミと過ごしたい。……なあ、やっと出来た長い長い休暇だぞ」
「……何言って」
「仕事が忙しくて、家庭も娘の成長もないがしろにしてきた俺だが、これは最後のチャンスなんじゃないかと思ったんだ。俺は――」
「――やめてよ」
こんなことで、こんな状況で、そんな贖罪をしないでほしい。そんな風に思っていたのなら、最初から家族を大切にしていればよかったんだ。
「ごめんな。ナナミ。でも聞いてくれ」
――俺の我儘を。
そう言われているような気がして、私はようやく顔を上げた。
「終末。娘と過ごすのも悪くないなって、思っちゃったんだよな、お父さん」
親父はくしゃくしゃの笑顔でそう言うと、まるで泣いている子供を励ますように私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
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