澁谷スクランブル交差点の中心にて。

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澁谷スクランブル交差点の中心にて。

 澁谷のスクランブル交差点の真ん中で、人が倒れている。  大の字で、それはもう盛大に。ここはあなたのご自宅ですかと思うくらい寛ぎながら空を仰いでいるが見える。  あまりにもの常識のなさに一瞬だけ気のせいかと思ったが、何度瞬きをしてもその姿が消えることがない。やはり、これは現実らしい。  私は溜息を吐く。  笑えない。本当に笑えない。こういうノリというのは、やっている本人は面白いと思うのだろうけど、周りからすればただただ迷惑千万なだけだ。  まあ、それも。  この場合、なにより笑えないのがその非常に迷惑な行為を咎める人間が誰としていないってことだ。  私以外に、ね。 「なにやっている。親父」  呑気そうに寝そべっているこの男――奇しくも私の実の父親である――に声をかける。声色に棘を持たせ、「私、あきれてますよ」アピールは忘れない。  私の声を耳にした親父はゆっくりと瞼を開けて、ぼんやりとこちらを見上げてくる。そして「あぁ。我が娘のナナミじゃないか」と呑気に言う。私とは対照的に呑気そうな言い方が癇に障る。 「なにしてんのって聞いてるの。食料は?」 「ナナミは生存者はいたかい?」  起き上がることもせず、のんびりとした口調の親父は、まるで危機感が感じられない。  ムカつく。  正直、この危機的状況にも関わらず、呑気そうな父親に腸が煮える程イライラとしている。だがここで怒鳴ってもなにも変わらない。それはこの人の娘を18年間やってきたこの私が良く知っている。  だからここは怒りを収めるのが得策だ。  怒ったって、声をあらげたって、どうせこの人は一ミクロンも変わりはしない。こっちが疲れるだけだ。  それが私の父親、猪俣ソウジロウという人間だ。  諦めて問われた答えを言う。 「生存者はいない。多分だけど」 「そうか……。まあ、こうやってスクランブル交差点に人がぶっ倒れてるってのに誰も様子見しに来ないってことはそういうことだよな」 「なに。そういう意味でここで寝そべってたの?」 「いんや。単純にやりたかったから」  へらり、と親父は子供のように笑う。 「スクランブル交差点でさ。大の字で寝るのちょっと夢だったんだよな」 「くだらねー」  鼻で笑って見せると、親父は「だよなぁ」と同意する。もっと反論されるかと思ったが、自覚していたらしい。  そこでようやく親父は体を起こし気になったのか、のっそりとした動きで上半身を起き上がらせた。  そして、自嘲気味に笑う。 「だけど、そんなくだらないこともさ。こうしてじゃないと叶わないってのも笑えるよな」 「……」  そうなのだ。  今ここには私たちを咎める人間はいない。渋谷のスクランブル交差点の中心で立ち話をはじめようと「邪魔だ」と叫ぶ中年男も。「みなさんの迷惑になりますから」という警察も。「まじ迷惑なんですけどw」と無断で写真を撮り、SNSにアップする一般人も。  ここには、もう誰もいない。  何故なら、みんな死んだからだ。  人類は滅亡した。  私たち親子、たった二人を残して。
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