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「桜の木はどれも美しいけれど。
総じて環境には弱い品種とされています。
すぐに突然変異するし、その場で朽ちていくものもある……」
彼女の言葉についていけなくなった僕は、ひとつの質問しかできなかった。
恐る恐る口が開く。
「……あの、あなたはいったい」
「……私は、弱い身体なのです。
何万にひとつの確率なんだけど、体内を構成する物質が著しく欠損しているの。
投薬を続けて生命を保っているけれど、またいずれ眠りにつくのです。
この木に咲く花が散る頃に私は瞳を閉じる……」
もう、去年の記憶なんて残っていません。
だから、クローンの方が良かったかな。
彼女は握手するように、僕に手を差し出してきた。
その掌は、とても細くて血色を感じさせなかったんだ。
僕は思わず目を背けてしまう。
「これで分かったでしょう?
わたしの事は忘れて、帰ってください」
彼女は歩いて立ち去ろうとする。
戻る気になれなかった僕は、彼女を呼び止めた。
「それだったら、このネックレスを付けてもらえませんか?
今のあなたに、です」
彼女は歩みを止めて、僅かにきょとんとする表情を見せて僕を見つめていた。
さくらを表す<櫻>という漢字は、「首飾りをつけた女性」を意味する<嬰>に木へんが付いたもの。
「だから、今のお姉さんがキレイになってくれれば良いんだ。
それに、来年また会えればいいなって……。
もしあなたが忘れても、僕はまたここに来て、話をしたいんだ」
ピンク色の花が開くたびに新しい命が芽生える、そんな感じをその女性に感じたんだ。
だから、僕は新しい出会いを期待したい。
彼女は僕の手からネックレスを取って、首につける。
こちらに向けてくれた微笑みは、少しだけ切なかった。
エメラルドグリーンの瞳が少しだけ濡れて、僕に感謝を告げてくれた。
「ありがとう」
-おわり-
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