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あの人のことを初めて知ったのは、ちょうど去年の今頃だった。
桜の花が咲くたびに、僕はあるシーンが脳裏に蘇るんだ。
淡いピンク色の花弁が空に泳ぐ中、ある女性がその中に立っている。
それは、誰にも語ることのできない神秘的な思い出だった……。
・・・
高校生最後の春休み。
暇を持て余してしまった僕は、隣町の公園に散歩に行くことにした。
その公園は大病院に隣接していて、住民の憩いの場になっている。
今頃は桜の開花も進んでいて、もしかしたら今日あたり満開になっているだろう。
僕は鮮やかなピンク色の木々を視界に捉える。
そして、写真を撮るためにスマートフォンを取り出そうとポケットに手を入れ込んだ……。
……だけども、僕は写真を撮ることはできなかった。
木の下に、ひとりの女性が立っている。
腰に掛かりそうな長さのロングヘアーと、フレアスカートが目についた。
顔はこちらを向いておらず、どこか遠い先を見ているようだった。
彼女の姿と桜の木の光景がマッチングして、まるでその空間だけ異彩の美しさを放っていた。
写真を撮ることを忘れてしまった僕は、しばしその光景に魅入ってしまう。
僕がはじめて見る、<美しいもの>だった。
やがて、その女性はこちらを振り返った。
僕は避けることもできずに彼女の瞳にしっかりとピントを合わせてしまった。
宝石のように深い輝きを放つ、エメラルドグリーンの瞳だった。
彼女は少しを細めて、僕を見てほほ笑んで見せた。
それだけだった。
彼女はそのまま病院の方に歩いて行ってしまう。
僕はその場に取り残されていた。
彼女が落とした<忘れ物>をどうすることもできずに。
・・・
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